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恋愛ごっこ  作者: faye
□第二章:開けられてしまった扉
15/23

□思ってる以上に重症なわけで。

気が付くと、朝から降っていた雨は夕方には本降りになっていた。


朝の出勤時にこれだけ降っていなくて良かったと、

恐らくほとんどのサラリーマンが考えているだろう。

ただ、理想を言うと、帰宅時には止んでいてほしいとも思うのだ。

お疲れ様です、と聞きなれた声がし、坂下は顔を上げた。

「斗真、今から空いてる?」

璃子は小声で話しかける。

「…ん、8時頃だったら暇だけど、何?」

ちょっと出ない?とデスクから立つのを促し、二人で休憩室へと向かう。

坂下はいつものコーヒーを買い、休憩がてら長椅子に座りこんだ。

「今の資料作り終えたら帰る予定にしてるけど」

「良かったら食事でもどう?今晩友達も都合悪いから、一人なの」

「あーはいはい、いつもの最終手段ですか」

缶コーヒーを飲みながら、文句を言いつつも、別にいいよと答える。



そういえば、今日は美和の誕生日だった。

美和が誕生日なのに出張だと言っていた事が思い出される。

あれから一週間近い日にちが経っているのかと思うと、

時間の流れに何だか置いて行かれているような気がしてしまう。

空になった缶をゴミ箱に向かって投げたが、

生憎嫌われたようで、缶ははじき返された。

「じゃ、適当にレストラン指定してくれていいから。8時に連絡するね」

「あぁ」

璃子は下手くそ、とつぶやいた後、缶を拾い上げ、ゴミ箱に入れ、去って行った。



璃子を待たせると機嫌が悪くなるのを知っている坂下は、

何とか20時ぎりぎりで仕事を終え、

適当に璃子のマンションの近くのレストランに行く事にした。

そして食事をした後、バーで飲み直す事にし、

付き合っていた頃に良く二人で行っていた店を訪れたのだった。

平日の夜はそれほど込み合っておらず、

静かな落ち着いた雰囲気が流れていた。

「久しぶりに来たわ、ここ。懐かしいね」

「そういえば、璃子と別れてからは来てないな」

「新しい彼女、早く連れて来たらいいじゃない」

「だから、何度も言うけど、彼女作ってないから…」

「ねぇ、その件だけどいい加減話してよ」

別に詳細を璃子に話す義理はないのだが、話さない義理もない。

ただ、自分の旦那も一員に絡んでいるのだとわかったら、

恐らく璃子も良い気はしないであろうから、

絶対に話す気にはなれないのであった。

口を噤む坂下を見て、璃子はケチ、と口を尖らせた。


「そういえば、今日は旦那さん出張だろ?

こうやって旦那が留守の時に遊んでるわけか」

「え?違うわよ。今日は後輩の女の子の誕生日祝いで、

どこかに食事に行くって聞いてるけど」

「……え」

「…何?」

「…や…それってお前的にはどうなの?」

動揺を隠しとられまいと、適当に話を変えていたつもりだった。

「別に気にしないわよ。毎年の事らしいし、イチイチ干渉する気もないけど」

「…はは、お前らしいわ…」

坂下は今日の酒量が増えそうな予感を抱きつつ、一気にグラスを傾けた。


二人の沈黙の間を、穏やかなジャズのBGMが流れていく。

時折、氷が解けて傾く音が響いた。

「仕事一筋の人も好きだけど、ある程度恋愛するのもいいんじゃない?」

「…まぁ、ある程度はしてるつもりだけどね」

「ねぇ、歴代の彼女達が今の斗真を見たら、嘆くわよ」

「…は?」

「女関係のいざこざは多々あったでしょうけど、

斗真が片思いしてるなんて分かったら、おかしいもん」

「……いや、片思い…うん、そうなるよなぁ…。

璃子に前に言われた通り、ハマった方が負けだよ」

坂下はそう言うと、2杯目のウィスキーを流し込んだ。


その後も坂下の酒量が減る事はなく、

璃子が心配する傍ら飲み続けてしまい、案の定泥酔となってしまった。

バーの店員にタクシーを呼んでもらい、

結局は璃子がマンションまで送り届ける事になってしまう。

何度立場が逆転していると思った事か。

しっかり歩いて、と促しながら、スーツのポケットから鍵を出し、

部屋に送り届けた時には、ゴールが見えたと感動すら覚えそうだった。


「…疲れた…ホント腹立つ…」

坂下をベッドに寝かせると、心から一安心した。

明日は朝から会議だが、遅刻しようと知った事ではない。

璃子はイラ立つ気持ちを押さえつつ、

送り届けただけ感謝してほしいと思い部屋を出ようとした。

だが、坂下の指が、璃子の腕をつかみ、引き戻される。

強い力だった。

「ちょっ…と…」

璃子は背中から強引にベッドに倒されてしまい、

気が付けばジャケットの上から体を弄られ、唇をふさがれた。

「美和…」

坂下は無意識で美和の名前を呼んでおり、

その名前が璃子にもはっきりと聞こえたのと同時に、

坂下の頬には思いきり痛みが走っていた。

璃子の拳が入っていた。

「…酔いが醒めないなら、もう一発行くわよ」

「…った…」

坂下が頬を押さえ、顔をしかめた。

一度で酔いが醒めそうなパンチだった。

「あなたと不倫する気はさらさらないし、

どっかの誰かと間違うなんて、いい度胸してるじゃない」

「……ごめん…ホントどうかしてた…」

坂下は項垂れ、ヤバい事をしてしまったと、後悔の念が湧き上がってくる。

「璃子、ゴメン…」

璃子は返事をせず、キッチンの方へ消えていく。

「帰るわ、タクシー待たせてるから」

「……分かった」

ミネラルウォーターのボトルを坂下の横に置き、

璃子はそのまま部屋を出て行った。


最悪な夜になってしまった。

坂下は大きくため息を吐いた。

酔いは完全に醒めてしまっている。

何に対して、ショックを受けているのか自問自答するが、

別に美和に嘘を吐かれた事がつらいのではないとは思う。

ショックを受けている自分が、ショックなのかもしれない。


璃子に殴られた左頬が、とにかく痛い。


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