□嘘はやっぱり罪なわけで。
折角の誕生日なのに、雨でとにかく冷える朝だった。
こういう朝は、エアコンが効くまでが待ち遠しい。
美和は布団の中からなかなか起き上がれずに、しばらく横になっていた。
欠伸交じりに何を着ていこうかと考えながら、
クローゼットを開け、着替え、アクセサリーを適当に付ける。
いつもと何ら変わらない朝なのに、
何がこうも心をざわつかせるのだろうかと思う。
子供の頃から、嘘を吐くのは良くないと散々親に言われたものだった。
学校で習うまでもなく、当たり前のこと。
小さな嘘でも、明るみに出たときは散々怒られたものだった。
しかし大人になれば、罪悪感を抱かずに嘘を吐く事もある。
それは知らない間に身に着けた、嫌な技術だと思う。
時折、嘘をつかなくてはならない場面も存在するだろう。
その嘘は時折、自分を守る盾にもなるけれど、
同時にその盾はとてももろいものだと理解していなくてはならない。
あの時、坂下についてしまった嘘は、
どういう意図があってついてしまったのだろうかと考える。
自然についてしまった嘘だ。
もやもやとする気持ちを抑え、コーヒーのカップを棚から出す。
給湯室に、淹れたてのコーヒーの香りが漂う。
ミルクを入れ、早速一口飲みながら、美和は高岡のカップを取り出した。
やめようと思いながらも、なかなか中断できない日課となっている。
そもそも言い訳としては、急にコーヒーを淹れなくなるのは変ではないかと。
「おはよう」
高岡の事を考えていると、タイミングよく現れた。
「あ、おはようございます」
「今日、19時でいい?藤村の好きな店、予約したから」
「もしかして、和食の!?」
「うん。平日だし予約普通に取れたよ」
美和がカップを手渡すと、高岡がありがとう、と受け取る。
「…結局、今年も彼氏作れず仕舞いだよなぁ」
「次のクリスマス位目標にしておきます」
えらく先だな、と高岡が笑う。
このペースだと、どうせ作れそうにもない。
「あ、今更ですけど、奥さん大丈夫ですか?旦那さんお借りして」
「璃子?あいつは気にしてないよ。
多分あいつはあいつで自由にやってるから。その辺楽だよ」
「……」
「じゃあ、とりあえず今日は定時目標で」
毎度の事ながら、出勤するとデスクの上には、
積もった書類や新規の仕事のメモが載せられている。
一つ一つ終わらせると、今日も一日が終わるはずだ。
今日は早めに切り上げようと心に決めていた。
待ち合わせは19時。
高岡が美和のリクエストした好きな和食店を予約してくれている。
それを思うと、心のざわつきが少し収まるようだった。
昼過ぎ、パソコンに向かって通関書類を作成していると、
大慌ての大桑が走り寄ってきた。
「主任すみません。ちょっとこの資料なんですが…」
「……?」
渋い表情の大桑から手渡されたファイルは、
高岡が手がけている四国の新工場建設に伴う資材の発注の件に絡むものだった。
「部長にも確認印は確かにもらってるんですが、これ、発注抜けてる気が…」
真剣に一枚一枚チェックしていくが、どこをどう見ても資材発注が出来ていない。
「大桑くん、大至急発注リスト全部確認取って。
まずい…私も気づかなかった…」
すぐ確認します、と大桑はデスクを離れる。
資材発注は基礎の基礎の話だ。
納期が遅れてしまうと、工事日程にも影響が出てしまうので、
こんなミスが許されるはずはない。
どうも嫌な予感がする。
「主任、すみません。こっちのミスです。発注通ってません…」
「どういう事」
美和は苦い顔で大桑を呼びつける。
通した書類が送られていない、どう考えてもあり得ないミスだった。
美和の確認印、高岡の確認印、部長の確認印、3つ揃ってはいるものの、
伝票は送付されずに残っているままなのだ。
すみません、と部下の女子が泣きそうな様子ですぐさま謝りに来るが、
一体どうしたらいいものだろうかと、美和は頭を抱えた。
「使えるコネは全部使ってでも、今から発注できる所を何とか探すしかないよ」
「すみません、俺らも出来る事は何でもサポートします」
「…一旦、高岡課長に報告してくる」
美和はため息交じりに書類を抱え、
どこから手を付けたらよいものかと神経を張り巡らせた。
結局、資材発注のトラブルが尾を引き、
和食店の予約はキャンセルせざるを得なかった。
会社を出たの時間は10時を過ぎており、
近くのカフェで軽食と少しだけのアルコールでの夕食となったのだった。
「何だか、違う意味のお祝いになったな」
「でも、正直ホッとしました」
マフラーに口元をうずめ、美和は高岡に並んで歩く。
雨は上がったが、冷たい風は相変わらずだった。
「本当にすみませんでした。助かりました」
「いや、オレも自分の案件なのに、ケア仕切れてなかったんだ。
逆に迷惑掛けて悪かったよ」
「いえ、すみませんでした」
「とりあえず、明日関西支社の方へ行ってくるよ」
資材発注の件は、結局関西支社のツテをあたり、
一部資材を回してもらうという事になった。
完全にカバーできたわけではないが、とりあえず糸口は見えそうだった。
関西支社に取り合ってくれたのは、もちろん高岡だ。
「折角の誕生日なのに、散々だったな」
「……」
無言で首を振る。
「ごちそう様でした。気に掛けてくれてるだけで大丈夫です」
「いいよ。なかなか誘えないから、残念だけど」
タクシーを拾い、二人とも乗り込んだ。
美和のマンションの方が距離があるため、
先に降りるのは高岡で、その後美和が降りる手筈となった。
10分程で高岡のマンションに着いた時、
エントランス近くでもう1台のタクシーだ止まっているのが見えた。
精算を済ませた乗客の姿が見えた時、美和の心臓がドキリとなった。
璃子の姿だったのだ。




