□言ってしまったわけで。
「…ねぇ、夕食一緒に食べてくれる女の人はいないわけ?」
坂下は美和のマンションに向かう途中、
わざわざ途中でコンビニに立ち寄り
わざわざ何が食べたいかを電話して聞き
ご丁寧に買って、持って行ったにも関わらず。
向かい合って食事をしていると、ふいに美和から出た言葉はこれだった。
モテるんじゃなかったっけ?との一言プレゼントも付いている。
「…おい、メシ誘ったのはそっちだろうが」
「一旦断ったけどまた来るって言うから、
誰か期待してた人に振られたのかと思った」
「……」
黙っていると認めたのかと思われるかもしれないが、ほうっていた。
野菜サラダを黙々と食べている美和に、せめて嫌味の一つでも言いたい。
「…ホントにメシそれだけでいいのかよ」
「うん。飲まない日はあんまり食べないようにしてる」
「…もうちょっと肉つけてもいいんじゃない?どこにとは言わないけど」
「……」
イラっとした顔で、美和はグラスに水を注ぎ、持って来る。
「ちょっとでも謝ろうと思った自分が損した気分」
坂下用のグラスはゴトンと大き目の音を立て、真横に置かれた。
「こっちこそ、メシ一人だと思ったからわざわざ寄ったけど時間損した」
「……もぉ、喧嘩しに呼んだんじゃないのに」
前日の打ち上げで、酔って潰れた美和を送ったのが坂下だった。
それを高岡から聞かされた美和はひどく気が滅入る思いで、
どこをどのようにプラス思考に解釈しても、
倒れるまで飲んだ自分が悪いのは分かっているが、
よりによって坂下だという事を聞いて、余計に気が重かった。
会社の人間に自分のマンションを教えた事はなかった。
面倒だからと割り切っていたのだが、
その結果が更に面倒な事になってしまうとは、
その当時から考えても、美和にとっては思いもよらない結果だった。
余計な心配には違いないのだろうが、
高岡と坂下の二人が何か話したのだろうか、などど心配してみたり。
坂下が高岡に何か言う事は考えられないが、
それでも、何だか妙に不安な気持ちになってしまっていた。
朝から酷い二日酔いだったが、やがて昼過ぎには収まり
ようやく普通の思考回路が戻ってきたと感じていた頃。
それから何度か坂下にメールを送ろうとしていたが、
やはり直接お礼を言う方が良いだろうと思い直し、
次に電話を掛けようと思ったが、何となく勇気が出ず、放置。
その無限ループにハマっていた。
遅めのランチを兼ねて入った、会社近くのスターバックスで、
コーヒーを飲み終えた後、ようやく美和は電話をかけたのだった。
ところが、電話は留守番電話となり話は出来ず、
結局坂下からの連絡があったのは午後7時を回っての事。
珍しく美和は定時で帰宅していたため、自宅で転寝をしていた時だった。
大阪に日帰りで出張に出ていた坂下は、
東京駅に着いてすぐ美和に電話を掛けてきた。
美和は昨日のお詫びも兼ねて、夕食を食べに行かないかと誘ったが、
少し疲れていた坂下はそれを断ったのだった。
またメールする、と一旦電話は切ったが、
結局のところ、坂下は美和のマンションに向かったのだった。
「メシ食ったし、帰るよ。缶ビールご馳走様」
「…あ、コーヒーでも入れる」
美和がキッチンへと向かうと、やがてコーヒーの香りが広がってきた。
「あの…昨日は本当にありがと。今度、改めて食事でもご馳走するから」
コーヒーの入ったカップを手渡されると、坂下ははいはい、と返事を返す。
まるで、あまり期待していないような返事だった。
「あんた酒そんなに強くないんだから、無茶するなよ」
「…はい、すみません…」
「初めて会った時もそうだったけどさ」
「…否定はしません…気をつけます…」
美和の口からは、素直に謝る言葉しか出てこない。
何も否定できそうにないからだ。
そんな様子の美和を見て、坂下はふぅと息を吐いた。
「昨日初めて高岡さんと話したけど」
「…うん…」
突然の話で、美和はどきりとした表情で、坂下を見る。
「まぁ、カッコいいよな。男のオレから見てもそう思うよ」
「……あなたも悪くないと思うけど」
「まぁね」
「…否定しないわけ?」
「負けてる、って思いたくないからね」
コーヒーを飲み干し、ごちそうさまと坂下はつぶやく。
「いや、深い意味はないから、忘れて」
「…ん」
美和もコーヒーを飲み干し、コップを片そうとキッチンへと歩く。
坂下もコップを持ち、キッチンに持ってくる。
ありがとう、と美和は受け取った。
二人でキッチンに立っていたが、坂下の目線が気になり、少し気まずい。
缶ビール二本で酔うとも思えないけれど、坂下はじっと美和を見ていた。
「…こんな事、言いたくないけど、聞き流してくれていいから」
「…何?」
「あんたがどうやって立ち直るつもりかは知らないけど…
このままだったら、オレのほうが手に負えなくなるかも」
「……酔ってる?」
「うん、多分ね…」
坂下は酔った事にして、美和の唇にキスをした。
コーヒーの香りが、すぐに現実に引き戻し、
坂下はすぐに美和の身体から離れた。
玄関先で見送っていると、別れ際にふいに坂下が口を開いた。
「もし間違ってたら悪いけど」
「何?」
「メアドで気になったんだけど、来週誕生日?」
「あぁ、うん。そうなの。よく気付いたねぇ」
「数字がそれだけ入ってるから、もしかしたらと思って」
若干アピールしてるのよ、と美和は付け足して笑った。
「メシでも行く?それくらいならご馳走してもいいよ」
「…や…ううん…ちょっと無理かも」
気まずそうに、美和は言葉を濁した。
来週の誕生日は、高岡と食事に行く約束になっている。
だがそれを、坂下にどうしても言えない。
さっきの話が、どうも妙に絡み付いており、吹っ切れないのだ。
「…多分、出張入りそう…で」
「あぁ、そりゃ残念。せっかくなのにね」
「…うん」
「まぁ、オレがイチイチご馳走する義理もないんだけど」
「……ううん、ありがとう」
嘘をついてしまった罪悪感が、美和の足取りを重くさせる。
ゆっくりと坂下の後を続き、エントランスまで付いて行った。
「ここでいいから、寒いし戻って」
適当にタクシー拾って帰るよ、と坂下は手を振る。
「…今日はありがとう。っていうか、いつもありがとう」
「……オレも甘いよなぁ…」
「甘えて良いっていたのはそっちでしょ」
「言って損したよ、じゃあ」
「…おやすみなさい」
手を振って別れる。
別に隠すつもりはなかったのだが、自然と嘘を吐いてしまった。
どうしよう、という気持ちが沸き起こったが、時は既に遅かった。




