□セクハラ大魔人には注意なわけで。
部屋の鍵は開けたが、靴を脱ぐのは、もどかしいくらいだった。
玄関には無造作に二人分の靴が転がる。
坂下の指は、美和の肩や頬に触れたまま。
時間にしたらほんのわずかな間だろうが、
とても長い間、キスをしているような感覚だった。
抱き寄せられた、胸が熱い。
「…会って2回目の人を家に呼ぶなんて」
リビングのソファに身体を倒され、気が付けば上半身は下着だけ。
一体どこでこんな技を覚えてくるのだろうかと、
ぼんやりとした頭で美和は考えていた。
「あぁ、親が泣くね」
坂下は意地悪く耳元でそうつぶやき、首元にそっと唇を落とす。
冷えた身体には、ひどく温もりを感じる。
「っていうか、っていうか、セクハラが過ぎるんですけど!」
「…何が」
ぐい、と肩を押され、身体を離された坂下は不機嫌そうに返事をする。
中断された事に抗議するかのように、
しゅるりという音をたて、ネクタイを外した。
家に向かうタクシーの道中でずっと、坂下は美和の肩を引き寄せたまま。
必要以上に密着してしまっていることに、
それだけで心拍数はあっという間に上がっていく。
それだけならまだしも、運転手の目を盗んではキスを落とし、
更には美和が抵抗するのを面白がって、
坂下は何度か美和のスカートの中に手を入れてきたのだった。
確かに、また誘ってしまったのは美和自身だが、
そこまでのオプションを頼んだつもりはない。
「普段どこで実践してるのよ…このセクハラ大魔人…」
「ん?オレのほうが実は我慢出来てないんだよ」
「…ちょっ…」
美和の腰を引き寄せ、また長いキス。
「待って…」
「ごめん、待てない」
奥の寝室に縺れ込むように入り込む。
ベッドは朝起きた時のまま、布団も何も直していなかったが、
構わず二人で抱き合った。
何度も何度も唇を重ねて、坂下の瞳に自分の姿が映っているのが見えた時、
美和はようやく、自分がこうしたかったのだと分かった。
都合の良い女だと、坂下は呆れているだろうか。
それとも、何も考えていないバカな女だと思っているだろうか。
逆に、坂下を利用していると思われても良かった。
それくらい、この男と一緒にいることが心地よかった。
深く物事を考えないのは、良くないと分かっているけれど。
坂下の指は、身体に触れるたびに、
思考をストップさせる力があるのが悪い。
電気も付けていない暗い部屋の中、
坂下は美和を愛おしそうに抱きかかえたままの状態で、
しばらく無言で横になっていた。
エアコンも付けずにいたものだから、ひどく布団と人肌が温かい。
「…お風呂入ってくる…」
「ん…」
あっという間に、時間は夜中の2時を過ぎようとしていた。
眠そうな坂下の声が耳をくすぐった。
もしかしたら、少し眠っていたのかもしれない。
手放したくなさそうに絡む坂下の腕を振り払い、
美和は浴室へととぼとぼと歩いて行った。
朝に脱ぎ捨てた、寝巻き用のTシャツを素肌にかぶる。
頭がぼんやりとするが、幸せな余韻だと都合よく考える事にした。
悔しいけれど、逆らえない位、坂下の身体が欲しかったのかもしれない。
バスタブに湯がたまるまでの間、
好きな入浴剤でも入れようかと棚を物色していた後、
長風呂でもしてから眠ろうと考え、
バスタブで読む雑誌を取りに部屋に戻ろうとした。
「…お前の悪いクセだよ、ヤッたらヤリ逃げかよ」
「や、ちょっと待ってよ…」
下着一枚の姿で入り口を塞がれ、何となく目のやり場に困ってしまう。
さすがにまだ見慣れている程ではない。
「寒いから、オレも風呂入る」
突然の坂下の言葉に、美和は頭が付いて行かない。
「…は?何でよ」
美和の制止も聞かずに、坂下は先に浴室に姿を消した。
すぐさま、シャワーの音が聞こえてくる。
「あのさ…おかしくない?私んちなんだけど…」
浴室の扉越しに美和が訴えても、
シャワーを浴びている音でかき消されてか、返事は何もない。
代わりに、ガチャリという音をたて、浴室の引き戸が開けられる。
濡れて水滴が前髪やまつ毛に雫が付いている。
「もぉ、いいよ、開けなくて。ご自由にどうぞ」
寝巻き用のTシャツ1枚の美和は、坂下の方を見ないように、
くるりと引き返して背を向けたが、腕をすぐに引っ張られてしまう。
抗議もむなしく、坂下は意地悪そうな笑みを浮かべたまま、
美和を軽く抱き寄せ、浴室へと引きずり込む。
温かいシャワーを頭から浴びてしまい、Tシャツもびしょぬれだった。
「…悪くないね」
坂下はそう言うと、また意地悪そうな笑みを口元に作り、
美和の耳を軽く噛み、背中にキスをする。
この顔を見てしまうと、絶対に抵抗できないことが美和は分かっている。
「やっ…だめだって…」
後ろから抱きかかえられ、器用に足を広げられる。
「…ダメなら、やめとく」
するりと離した坂下の手が、指が、脇腹を通り背中を通っていく。
びくりと震える美和の身体が愛おしく、
濡れて絡みついたTシャツの上から抱きすくめた。
「……ず、るい」
泣きそうな顔で、美和は坂下を見上げる。
その訴えるような表情がとにかくかわいくて、かわいくて、
坂下はもう少し苛め抜いてやりたいという欲求に駆られてしまう。
「ヤバイね…」
完全に嵌りそうなのはこっちだよ、という言葉を飲み込み、
坂下は美和の腰を掴んだまま、何度も美和の唇を塞いだ。
シャワーの水滴で濡れているのか、それとも涙で濡れているのか、
潤んだ瞳は時折苦しそうに伏せられる。
熱い上気した吐息が、自分だけに向けられている事に、
そしてこの顔を、高岡は知らないだろうと思うと、
坂下は急に興奮してしまい、更に美和を攻め立てたのだった。




