□始まりは突然で。
まぶしいフラッシュの光。
鳴り止まない拍手や歓声の渦。
気が付けばシャボン玉が飛んでいる。
シャボン玉が肩に当たり、弾け、少しくすぐったい。
あぁ、もう。
美和は悪態をつきたくなるような気持ちをこらえ、グラスに残っているシャンパンをぐいと飲み干した。乾杯用の安いシャンパン。十分だ。早く酔ってしまえばいい。そうすれば、今日のことが記憶に残ってしまわないかもしれないからだ。
現在進行形で、失恋中であるが故。
「どうぞ、カメラをお持ちの方は近くにお越しくださ~~い」
司会者の声が耳につく。
ケーキカットの瞬間に群がる招待者達。
美和はそれに続こうとはせず、席に着いたままだった。
白いウエディングドレスに身を包んだ新婦は美しい。素直にそう思う。
優しそうな笑顔が、新郎に常に向けられており、新郎もそれに応えるように、そっと腰に手を回し、抱き寄せている。
何が自分と違うのだろうと考える。
何度考えても答えは出ないというのに。
自分は選ばれなかったのだ。
その現実から目を背けたくて、次は自ら注いだビールを流し込む。
こういう時、酒に免疫の出来てしまった体質がうらめしい。
ドレスがまばゆいのは当たり前。
新婦がきれいで、かわいくて、美しいのも当たり前。
だって、あの上司が選んだ女だ。
高岡 恭介。
好きで。
好きで。好きで。
憧れ続けた上司だ。
美和の見つめる視線に、高岡が気が付くはずもない。
カメラのフラッシュでまぶしく、自分の事など見えるはずもない。
招待席に座る美和からは見えるのに、高岡は絶対に気付かない。
今までの思いと、同じ状況ではないか。
美和はそう思うと、また更に酒量が増えそうだと気を揉んだ。
席を一度立ち、会場を出、洗面所へと足を進める。
鏡に映ったのは、暗い女だ。
オメデタイこの日に、何て似合わない表情なのだろう。
剥げ掛けたグロスをぬぐい、大きく一つ息を吐く。
綺麗に整えられた自分は、悪くないと思う。
今朝は早くから美容院へ向かい、髪の毛をセットした。
パッチリとしたまつ毛のエクステは、おととい直したばかり。
新しく新調した洋服を着ている自分は、何かの下心があってのことだろうか。今すぐ脱ぎ捨ててしまいたいような衝動に駆られる。
身長は165センチ。
体重は48キロ。
このスタイルを保つために、ジムにも通っているし、食事制限もしている。自分の事が大好きな人間だと言われたらそれでお終いかもしれないが、自分の事が好きで何が悪い、と美和は思う。
自分の事を好きでなければ、自分に自信も持てないのに。
何の根拠もないけれど、その思いだけは強かった。
クラッチバックからグロスを取り出し、塗りなおす。
もう諦めよう、と決めたではないか。
それでも、洗面所を出た途端、会場へ戻るのがふと面倒に感じた。
高岡の隣で、幸せそうに微笑む新婦の姿を見るのがつらい。
同じように幸せそうに微笑む高岡を見るのも嫌だった。
「中、入らないの?」
出入り口の扉に手を掛けたまま立っていると、後ろから声を掛けられる。
邪魔なのだろう。美和はスミマセン、とすぐに謝り、手を離した。
背の高い男が入っていく。その後ろに続いて、美和も会場に入った。
余り見覚えのない顔だったので、何となくその男の向かう先を目で追っていたが、奥のほうへと進んでいくのを見ていたが、途中でやめた。
嫌だ、新婦側の人間かよ、と自然に心の中で悪態をつけるようになっていた。挙式後位から自然に身についているのではないかと感じる。
美和は同僚達が座る卓には戻ろうとはせず、背を向けて、再度会場を後にしたのだった。
クロークに預けていたコートを受け取る。
会場は暖かかったが、そういえば季節は冬だった。
天気予報では、雪になるかもしれないと言っていたが、今のところは晴れている。
さぞかし屋外チャペルで撮った写真は美しいだろう。
出席していた自分たちも、寒さを忘れるほどの美しさだった。
それを思い出し、また暗い気持ちになる。
どこかで飲み直してから帰るつもりだった。
「帰るの?」
コートを羽織っていると、すぐ隣に男が立っているのが目に入った。
少しだけど、聞き覚えのある声だった。先ほど会場外で入るのを躊躇っていると、声を掛けてきた男性だった。
そして新婦側の招待客。
「えぇ、まぁ…」
「けど、始まってまだ少しだし…用事でも?」
まいったな…と美和はテキパキと荷物の整理を始めた。
ちらりと見ると、割と整った顔の、更によく言えばタイプに近い顔の男。
こういう場所で出会わなければ、連絡先くらいは知りたいかもしれない。
「あまり、こういう場所好きじゃなくて、人が多いところとか…」
コートのベルトを留めながら、次はバッグを肩に掛ける。
「ごめんなさい、それじゃ」
美和は適当にあしらおうと決めた。
今日は運が悪い。憎き新婦側の人間とは話もしたくない。
「こっちのバッグはいい?」
背を向けて歩き出したが、すぐにUターン。
クラッチバッグをクロークカウンターに置いたままだった。
焦っていたのか、うっかりしていた。
少し恥ずかしくなり、美和はうつむき加減にその男から手渡されるバッグを手に取った。
「すみません」
「よかったら、上のバーで飲み直さない?」
二人の声のタイミングはほぼ同時だった。