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魔王ニート  作者: ten
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下界時間1日目

 私にとってもっとも幸せだと幸福だと感じたあの日、私は雷光虫の舞う谷間の片隅で一人の女を待っていた。

 私の心はいつも彼女に向けられていた。朝霧の漂う時も夏の夕日が傾くときも、雪が一面に降り積もり下界との接触がままならなくなった時だって私は彼女の事を思っていた。

 そうして時間は過ぎて私は彼女に思いを告げることにした。幼少の頃から見てきた彼女、彼女が私を選んでくれる可能性はゼロではないが百でもなかった。絶対の自信があったわけでも

 彼女が好意的にこちらに接してきたためしもなかった。けれど胸を埋めていく彼女に対しての思いが歯止めの利かない部分まで侵食して私の心は暴走した。

 幾度も無く脈打ち高鳴る心臓の鼓動と夜通し考えているプロポーズの言葉、それらがぐるぐると頭の中を駆け巡る。そして約束の時間、彼女は私の目の前に現れた。

 同時に彼女を前にして今まで考えていた言葉が消し飛んで、頭の中が真っ白になった。言葉もあいまいな言葉ばかり溢れて、自分が何を言っているのかわからなくなる。

 青色の髪に水色の瞳、誰もが憧れる美貌の持ち主で愛想もよく品もある。いつも彼女はかわいらしく笑い、大人の笑みを浮かべてみせる。

 私はそんな彼女に告白した。何を言って何を口にしたのかそれは既に覚えていない。彼女は私の肩に寄り添ってただ「はい」っと答えた。

 私がそのときの事を覚えていないと言うと、彼女は微かに笑って私の頬をつねった。そのまま時間は過ぎて行き気がつけば彼女は私の子を宿していた。

 名前はクロウ、彼が生まれたとき私は部屋中を駆け巡って喜んだ。そして三年ほど経ってクロウの弟、ルイルが生まれた。

 私は二人の息子に剣術を教え込んだ。彼女は魔法を彼らに教えた。あれから幾ばくかの時間が過ぎ去り息子たちは12と9才になっていた。

 その頃からかリバスの国より使いの使者と名乗る者たちが度々里に訪れるようになった。しかしリバスと呼ばれる国は今現在はどこにも存在しない。

 数百年前に歴史の表舞台から抹消された大国であり、百年近くたった今では知っている者すら限られている。古い文献をあさってようやく見つけることの出来るような

 国の名を使い、現れた使者たちを私は信じることなどできなかった。そして5度目の訪問にしてリバスの使者と名乗る一団はこう言葉を残した。


「いかに最強と名高い王剣の一族とて、我らはこの里を滅ぼすであろう。存命したければ我らの元に下り、我らが王にひざまずくことだな」

 

 しかし私はそんな彼らの言葉を無視した。かつて四つの王国の長たちが認め、与えた王剣の名と忠義をもってして他国に下るなどあってはならない事だからだ。

 今思えばあの時私が違う答えを出していたのであればこの残酷な結果にはならなかったのかもしれない。

 世界には人の運命を大きく変える選択の時が存在する。それがあの日、あの使者たちとの答えの有無だったのだ。

 今私の前には男が立っている。燃え盛る里の景色を後ろに男は私の前に立っている。男の足元には私が切り伏せた幾ばくかの戦死者が横たわり赤色の液体を四方に散らばせて血溜まりを作り出している。

 それより増して私の後方には多くの仲間の肉片が散らばっていた。すべてはこの一人の男によって引き起こされた悲劇、私は見ていることしかできなかった。

 黒色の髪に黒色の瞳、見たことのない剣術は一瞬にして多くの仲間を絶命させていった。私は生まれて初めて一人の男に恐怖を抱いた。

 そしてこのままこの男を野放しにしてはいけないと悟った。しかし私の刃は男の体に届く事はなかった。私の刃が男に放たれた瞬間、私の心臓を男の黒色の剣が貫いたのだ。

 目の前に佇む男は冷めたまなざしをこちらに向けながらゆっくりと剣を抜き去り、同時に私の体は力を失ったかのようにしてその場に倒れ伏せた。視界の先で黒い髪の男とあの時使者としてやってきた

 男の顔が入り込む。


「隊長やりましたね。これで我々の計画はよりいっそ加速することでしょう」

「我々の計画だと? そんなものに私は興味はない。私は私自身の強さを証明するためにここへやって来た。そして私は勝利し、奴は敗北した。それだけだ」

「そ、そうですか。で、この後のどうしますか? 里の男どもは既に壊滅状態、後は里から逃がされた女子供だけですが、捕縛しだい惨殺命令だしますか?」

「下らん、逃げるものは頬って置け、所詮私に敗れた男の一族だ、生き残ろうと私の相手にはならん」

「了解しました」

 

 そういって黒髪の男はどこかへ消えていく。同時に視界が徐々に薄れていくのがわかった。命の灯火が今まさに事尽きようとしていた。

 呼吸も徐々に浅くなり視界が靄にかかったように薄れていく。間近に迫った死を徐々に受け入れながら脳裏に様々な風景が映写され始める。

 それらはすべて幸せだった家族との日々の風景、その景色を暗闇の中で思い浮かべる。私にとっての幸福は家族をもてたこと、そして最大の不幸は子供たちや彼女の行く末を見届けることができなかったことだ。

 胸のうちでそう思い、そして痛みもなくなり視力も失った。それからしばらくの後男の声が耳元に響いた。


「生きてんだが死んでんだか知らんが、もしも生きていたら冥土の土産に聞いていきやがれ。隊長はあんなこといってるけどよぉーあの方は一族の殲滅を願ってんだよねぇ~だから、殺すよ。

 子供だろうが女だろうが殺す、それが俺たちの任務だからね。じゃ~おやすみなさい。そして永遠にさようなら」

 

 その声が聞こえた瞬間、意識が闇へ落ちた。


 ++++++

 

「魔王様! いつになったら下界を征服なさるのですか? 私どもは魔王様の力を存じております。本気を出せば世界の一つや二つあっさり征服できることでしょう。

 なのになぜ魔王陛下は侵略のしの字も口にしないのですか? もう2万と150才ですよ? 下界は魔王様の名を忘れ、魔族など神話の世界の生き物だと思い込んでおりますぞ?」

 

 純白のベットに横たわりフカフカな材質の毛布をかぶって欠伸を上げながら口元を押さえると声の矛先に言葉を返した。


「うるさいなぁ~別にいいじゃないか、親父も生きていたら同じ風に攻めるのはめんどくさい。動くのもめんどくさい。だからワシはここでブンブラコして平和に生きて生きたいって言うよ?きっと」

 

 布団を深くかぶって篭りきった声に小さな老人は声を荒げる。


「ふざけないでください! 前魔王がそんな事言うわけないでしょうが! あの方は下界を一週間で征服し、多くの人間を屈服させてきた最高の魔王でした」

「へぇ~でもそのせいでまだ確認できていない人間と魔王との間に生まれた子供たちが複数いるんでしょう? 確か二千年前に下界で悪さした覇王も魔族と人間のハーフだったとか、あぁあ、親父の血は世界を悪くする一方だねぇ~」

「くぅ、く、確かにふしだらな関係を人間と持った前魔王も叱るところはありますが、魔王らしい仕事はしていました。それに比べ魔王が唯一魔族と交わって生ませた子である貴方は魔族でありながら悪行と呼ばれる行為を一度もせず

 一日中家に引きこもって遊んでいるだけ、前魔王が見ていたら嘆きながら発狂して半殺しにされていたことでしょう」

「あぁーうるさいなぁ~昼間は眠いんだよ~ 夜も眠いし朝も眠い、正直叶うならずっと眠ってたいんだよ~正直あれだよ? 俺なんかよりもきっと絶対、必ず、魔王に適してる人材はいるはずだよ? コレは確信を持っていえるよ。

 だって考えてもみてごらんよ、魔王の血を体に流しているのは俺だけじゃないし、探せばきっと下界にたくさんいるよ? 名の知れた魔術師とか剣が人類を超越して使いこなせる人間だったとか、まぁーとにかく探せば結構いると思うんだよね」

 

 毛布から頭を出して爺の方向に目を向けて行って見るが、爺は首を左右に振って声を上げる。


「人間と魔王の間に生まれた者が魔王などとそのようなことあってはならないのです。そもそも魔王は最強でなくてはならないのです。体の半分が魔王の血と肉で出来ていたとしても魔力も身体能力もすべてが本当の魔族の子である貴方とは

 格段にさがあるのです。へたを打つと我々魔族のクラスA以下の力と判断されてもおかしくはありません。ですから人間と魔族の間に生まれた人間の子供など魔王になれるはずもないのです」

「そうかな~? だってほら、最近だと急に勢いを増してきたリバスだがロボスだかまぁーよく名前は覚えてないけれどそんな名前の国の黒髪の人間いるじゃん。アレ絶対親父の血受け継いでるぜ? 5歳で大人20人殺して16歳で一国の特殊暗殺部隊の隊長。

 21歳で世界最強の剣豪だよ? 身動きもさることながら、内に宿してる魔力はAAクラスの魔族並だしね。多分戦ったら爺でも勝てないよ?」

「ば、馬鹿を言わないでください。人間ごときに私が遅れを取るなどという事ありえません」


 爺は一瞬視線をそらしあわてるようにして顔を数度となく揺らせた。同様したときに爺が見せる典型的な癖、その姿を眺めながらさらに口を動かした


「まぁーとにかく俺以外の誰かを魔王に押す事を考えた方がいいよ。俺は魔王なんて職業絶対に無理だからさ。俺が出来るのはここで女の子たちと遊んだり魔界の奥地に入って守護獣を捕獲して遊ぶくらいだからさ」

 

 初老の老人はその言葉を聴いてため息を漏らした。


「魔王様? 貴方はお気づきでないようですからお教えしますが、魔界の奥地で守護獣を捕獲して手なずけられるのは魔王陛下くらいですぞ? つい最近では捕獲難度SSSの煉獄竜ファガロスをお連れになりましたが

 あんなもの魔王陛下以外が捕獲しにいったとすれば一瞬にして灰にされていたことでしょう。魔界中からえりすぐった戦士でもあの竜を捕獲できる者が出てくることはないでしょうに、それほどまでに貴方にはすさまじい力があるのですぞ?」

「ほめても何も出ないぞ爺、とにかくだ、俺は魔王になる気はない。俺以外をあたってくれ」

「む、魔王陛下は魔王の職を放棄し、おやめになる気なのですか?」

「そうだよ? 2万年前には既に考えていたことだ。そうだ、うん。今から俺は魔王やめる」

「陛下!」

「もう俺の気持ちは変わらんよ」

「……」

 

 初老の老人は意思の固さを示す彼を見据えながら何度もため息を零し部屋を出て行った。

 老人の背中を見据えながら灰色の髪に黒色瞳をした彼は大きく背伸びをして再びベットに横になる。


「俺には魔王なんて向いていない。爺もそろそろわかってほしいものだ。それに俺なんかが魔王やってたって世界侵略とか全然ぴんと来ないしさ、うん絶対おれ以外の奴がしかも野心が強い奴がなればいいんだ」

 

 

 

 …………

 …………………

 …………………………

 

 眠っていた。多分、いや、ベットの上で確実に眠っていた。そのことだけは覚えている。

 上質なベットの上で自分の部屋で眠っていた。生い茂った草木とか流れる川とか下界にしかいないような動物がひしめく空間とか、とにかくそんな場所で眠ったつもりはない。

 目を開けるとそこは部屋ではなく空に青空があって新鮮な空気があって、鳥たちの囀りまでも聞こえる現実味の無い景色が広がっていた。

 魔界には太陽と呼べる物は存在しない。ずっと満月が続き昼は訪れないのだ。だがこの場所には今もなお太陽が宙に浮かんでいる。

 青年、クロイス・バルロア・フィーネットは口を大きく開けて呆然としながら空を見つめる。


「何で太陽があんな場所にご存命なわけ? ここってもしかしてもしかしなくても……下界……うひゃー何がどうなってんだ?」

 

 状況を分析するようにして一旦昨夜のことを思い出す。しかし酒を飲んだ記憶も外に出かけた記憶も無い。

 しばらく困惑しながらもようやくことの真相を理解することが出来た。それは足元で無造作に置かれた剣とそれに張られた置手紙。

 それらに目を通した結果理解できたのだ。手紙にはこう書かれていた。


 我が親愛なる魔王よ、このたびは魔王をやめるさい一つ条件を出したいと思い事に及んだ所存である。

 陛下には陛下のお目にかなった魔王候補を最低でも8人集めてきていただく。条件は魔族の血を、魔王の血を内に秘めるもの。さらに魔力も魔界の戦士たちを凌ぐ量を

 体内に秘めるものを探すこと、もしその条件以外で候補に上がった者がいれば即座に魔王は陛下になっていただく。そして期限は50年以内とする。

 これらのことを理解し、魔王候補を探しだし、この私が認めたそのとき、魔王は魔王ではなく、ただの魔族の一員として認めることとする。

 なお魔王陛下の魔力は日中は使えぬため、日中専用に魔力を帯びた名高い剣豪の魂で撃った最高の魔剣をお渡ししておく事とする。

  

 クロイスはその手紙を読み終えて表情をゆがめた。同時に急にめんどくささが足元から全身へと上ってくる。


「この手紙からなんだか本気さが感じられんだよなぁ~どうせ魔界から下界へと繋がる扉だってあのじじぃーのことだ、封鎖してんだろうし……

 こりゃー本気でやらないと魔王に本気でさせられちまうな……そうなれば俺の貴重な睡眠時間が大幅にカットされることとなる。それだけは回避せねば……

 今は一時本気で魔王候補を探して集めなくては……しかし眠い、てかだるい。あぁ~めんどくせぇーよ。まじめんどくせぇ~それに昼間は魔力が使えねぇーし

 いまから夜まですげぇー時間あるし……うーん空飛べる夜の時間まで寝るか、いや、寝よう。歩くのだるいし、どうせ探せば剣豪だったり魔術師だったり覇王だったり

 まぁーすごい奴をあたれば魔王候補なんてすぐに見つかるだろうし、うん。今日のところはこのまま寝て、夜に」

 

 クロイスはそういいながら横になる。ふさふさと生い茂った草の葉は優しく全身を包み込んだ。最上級のベットとは行かないがそれなりの寝心地はありそうだ。

 沸々とそう思いながら再び深く目を閉ざす。しかし、その睡眠はあるモノによって邪魔された。


「すまないが起きてはもらえぬか? 私の息子たちと妻が心配なのだ。どうか陛下、目を覚まして私の家族を……それに一族のことも」

「……」

 

 クロイスは片目だけを開き、声の方向に目をやった。視線先には何かを唸って鞘に収められている剣が存在している。

 声はどうやらその剣から聞こえてきているようだ。魔剣にはありがちなことだが、家族だの妻だのと唸っている魔剣は珍しい。

 そもそも魔剣には記憶が残らぬようにリセットされるのが普通なのだ。記憶を持ったまま魔剣が作動すればその剣の意思によって使うものを殺してしまう

 可能性や暴走する可能性があるからだからこそ記憶はリセットし、低脳な自我だけが残される。そのことは魔剣を作り魂を入れる際に必ずといっていいほど徹底して行われる。

  

「あんた記憶があんの? 魔剣なのに」

「ありますよ。私は王剣の一族で長をしていたギエル。数年前に命を奪われ、魔界にて魔王の意思により魔剣にされた者です。下界にいけるという事で私は貴方の剣となることを志願しました」

「へぇー王剣の一族といえば7年前に滅んだ一族だよね。そんな人が魔剣にねぇ~ま、時間はあるんだ。魔王候補探しのついでに探してやるよ。あんたの家族って奴。まぁー今は寝るけどな。

 眠ることは肌にもいいし、現実逃避だって出来る。うん。だから寝よう。さっさと寝よう。俺は寝る。そしてお前も寝ろ。というわけでおやすみなさい」

「おぉー本当に探していただけるのか……」

「あぁ、探してやるから俺の眠りを妨げるな」

「は、はい」


 その日、その瞬間、魔剣と魔王との奇妙な魔王探しが始まった。魔王探し開始0年0ヶ月と1日目


 

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