混沌とした思い
次の日、モーリスはノートン城へやって来た。
フィニアスは笑顔で向かえ、ノイは、はにかみながら挨拶をし、
フロースは挨拶の後に、ディナーの時間になるまで、子供たちの相手をする。
そして、会話している三人を眺める。
ノイの服は、貴族の娘が着るようなドレスというより、
若草色の、こざっぱりしたワンピースだった。
ノイは、シンプルすぎないかと心配していたけれど、彼女の清楚さを引き立てている。
モーリスは、フォーマルな服装をしていた。
フロースは、前に彼に会った時、影があると思ったのに、
今日は、そうでもないと感じた。
形式ばった感じもない。
あの時、彼は、緊張していたのかもしれないし、
自分も、彼の友人たちの方に注目していたので、勘違いかもしれない。
しばらくして、彼の立ち方に、堅苦しさを感じないのだと気付いた。
かかとを付け、真っ直ぐ立っているのに、リラックスしている。
数時間は、こうして立っていられるはずだ。
この立ち方には訓練が必要で、急に身に付けられるものではない。
公爵になると決まったのは最近だし、
どこで身に付けたのだろう。
フロースは、その意外性に魅せられるのだけれど、
ノイが、彼に惹かれる理由も分かった。
フィニアスも同じだ。
フロースは、ノイが、初めてフィニアスに会った時、顔を赤らめたのを思い出す。
そして、思わず笑ってしまった。
やはり、自分の娘なのだ。
ディナーを済ませ、シッティングルームへ移動し、
話題は、ダカンレギオン族になった。
「祖父は、十代の頃に帝国へ送られたのです」
モーリスは、ゆっくりと、ティーカップをテーブルに置きながら言った。
お茶の香りが漂う。
「その頃、部族内には抗争があり、同盟国との協議の末、
祖父は、人質として帝国に送られたと聞いています」
「人質?」
フロースが驚いて聞いた。
「ええ。
ですが、祖父は争い事に感心がなく、拒まなかったそうです。
それに、曽祖父が出来る限りのことをして送り出したので、
不自由しなかったとも言っていました。
そして民族は消滅し、祖父は一人、生き残ったのです。
祖父の子供は父一人ですし、僕にも弟がいるだけで女の子はいません」
そしてノイを見る。
「ですから、ノイのような目の色について聞いてはいましたが、
見るのは初めてなのです」
「グエノラビと言う名前を、聞いたことはありませんか?」
それは、フロースが聞きたいと思っていたことだった。
ノイの祖母、カシアは、自分の花嫁衣裳に、その名前を刺繍していた。
彼女は、出生の名を誰にも告げることなく死んだので、
それが本当の名なのかも分からないでいる。
「いいえ。
聞いたことはありません。
祖父は、馬の扱い方を教えてくれましたが、
自分の民族について多くを語りませんでした。
生きていたら、ノイに会って喜んだと思いますがね」
フロースは、モーリスが話すのを聞きながら、
自分が彼から感じたものが、何なのか分かったような気がした。
プライドだ。
彼は、祖父の影響を受けている。
では、彼が、あの若者たちを周りに置くのは何故なのだろう。
彼らは、すでにエスペビオスに戻っている。
投げやりな感じのする若者たちだった。
刹那的だと言えるかもしれない。
そうして夜は更け、
モーリスは、迎えの車が来たので皆に別れを告げ、フィニアスと共に部屋を出た。
彼は、フィニアスが、自分に言いたいことがあるのだと分かっていた。
「男爵、あなたは、僕がノイに近付くのを懸念しておられるのでしょう?」
モーリスの質問に、フィニアスは冷笑するように答える。
「それはない。
明日、あんたは大学に戻るし、
来月、ノイは、遠い地にある自分の家へ帰っていく。
あんたは、そんなことを気にしていたのかね?」
モーリスは、自分が仕掛けた挑戦を簡単に交わされ、むっとする。
「僕は、ノイに関心はありません」
「それは良かった。
ノイの母親に、そのように告げておこう。
というより、彼女が心配していたのはあんたじゃなくて、
取り巻き連中の方だったんだがね。
あんたもそれを感じたから、彼らを先に帰したんだろう?
ノイの乗っていた馬を驚かせたりするし」
「あなたは、彼らに会っていない。
人から変な噂を聞き、安易に判断しているだけだ。
それとも、僕の友人たちを侮辱するのですか?」
「これは驚いた。
彼らが、あんたの友人だったとは。
あんたは、友人の定義を知らないらしい」
「これ以上の侮辱は許さない!」
フィニアスは、感情を高ぶらせていくモーリスを眺め、それから言った。
「モーリス、噂話と評判は違う。
あんな連中を従えて、あんたは何をしようと言うのかね。
彼らは、あんたを利用しているだけだ」
「あなたに、僕の気持ちなんて分からない!」
フィニアスは笑い出す。
「人の気持ちなんて、他人に分かるはずはない。
あんたは、まだ子供だね」
「男爵家に生まれ、
のうのうと生きてきたあなたに、分からないと言う意味で言ったんだ」
フィニアスは、深く息を吐いた。
「あんたが何を悩んでいるのかは知らんが、ゆっくり考えればいい。
時間は、たっぷりあるはずだ」
フィニアスは、おせっかいだと思ったが、それだけ言うことにした。
モーリスはそれに答えなかったし、フィニアスも黙って彼を送り出す。
そうしてモーリスは、ノートン城を出て行った。