噂
翌日、フロースは、自分一人でモーリスに会うことにした。
それは、セスが、
「若者たちは、わざと、ノイの馬を驚かせようとしたようだった」と言ったからだ。
若者たちの良くない噂も聞くと言う。
領主に仕える者たちは、忠誠心のある者が多い。
彼らは、大切な働き手として扱われ、給料も良く、
自分たちの仕事にプライドも持っており、内情にも通じている。
だから、自分の主人の立場を悪くするような噂話などしない。
もちろん、それは領主にもよるが、
モーリスは、新しく決まった後継者で、仕える者たちも慣れていなかった。
悪く言わないにしても、滞在している客たちへの不満が洩れてきたりする。
モーリスは、大学の休みがあると、友人たちを伴ってやって来るそうだ。
友人たちは、乗馬クラブに所属しているのだけれど、遊び半分の者たちが多い。
それで、ひんしゅくを買うようなこともあったらしい。
セスは、少し心配したのだけれど、
フロースには同じ年頃の息子たちがいるので、まかせることにし、
自分は子供たちを連れて、城の外へ出て行った。
さて、モーリスは、友人二人を従えてノートン城にやって来た。
その二人が、ノイの馬を驚かせた者たちだと言う。
「昨日は、こちらの皆様に迷惑をかけてしまいました」
モーリスの礼儀正しい挨拶に、フロースは笑顔で答える。
彼は、公爵家の後継者と言うより、普通の学生のように見えた。
そして、モーリスから、自分の息子たちとは違う何かを感じる。
それが何なのかはっきりしないのだけれど、
それよりフロースが気にしたのは、二人の友人たちの方だった。
この二人は、こちらを馬鹿にしているような風なのだ。
とはいえ、それは若さにありがちな横柄な態度で、
笑って見逃した方が良いのかもしれない。
どちらにしても、ノートン城の主人、フィニアスが不在ではどうしようもない。
「お嬢さんと男爵のご子息を、我々の乗馬に誘いたいのですが」
モーリスが聞いた。
フロースは彼を見る。
セスは、「モーリスの馬の扱い方は上手い」と言っていた。
彼の友人たちも、同じレベルなのだろう。
ネイサンも、八歳とはいえ乗馬が上手い。
ところがノイは、いくらセスが褒めてくれても、初心者でしかない。
そんな若者たちが、足手まといになりそうな十六歳の娘を誘うとしたら、
乗馬意外の目的があるからだ。
「お誘いは嬉しいのですが、
プリオベール男爵がいらっしゃいませんし、わたしには決めかねます。
男爵は、明後日には戻って来られるので、
よろしければ、その時に尋ねてみてはいかがでしょう。
ああ、そうでした。
皆様は、休暇を終えて帰ってしまわれるのでしたね」
フロースは、彼らの試験休みが終わろうとしているのを知っていた。
そして、自分の娘に若者たちが接近するのを警戒している素振りを見せる。
例え、娘を誘惑する気はなくても、馬を扱うには十分な注意か必要だ。
この訳の分からない若者たちを信用する気にはなれない。
モーリスは、母親の意図に気付いたのか気付かなかったのか、
「そんなことはどうでもいい」とでも言う風に話題を変えた。
「マダムは、男爵夫人の叔母上とお聞きしましたが、
エスペビオスに住んでおられるのですか?」
フロースは、なんでそんなことを聞くのかと思う。
彼は友人たちの無作法な態度にイライラしている風なので、そのせいかと思ったりする。
「いいえ、わたしは、ラーウスに住んでいます」
「ラーウス? 聞いたことがありません」
「帝国からかなり離れた辺境の地です」
「そうですか・・・
お嬢さんの目の色がとても珍しかったので、帝国の人間ではないのかと思いました」
「ああ、それは娘の父親、わたしの夫が、
ラーウス人とダカンレギオン族との混血だからでしょう」
モーリスは、驚いたようにフロースを見た。
フロースも思わず聞く。
「ダカンレギオン族をご存知なのですか?」
モーリスは、少し躊躇した後に短く答える。
「もう絶えてしまった民族だと聞いています」
そして退屈そうにしている友人たちに、ちらっと目をやり、
『彼らが、これ以上余計なことをしても困る』とでも言うように、
「ここら辺でおいとました方が良さそうです」と続けて言う。
「今日は、お嬢さん方を見かけませんね」
「ええ、昨日とは反対の方へ出かけています」
「そうですか。では、マダム」
と言って、モーリスたちは部屋を出て行った。
フロースは、彼がダカンレギオン族を知っているのだと思った。
彼がノイに興味を持った理由。
それは目の色だったのだろう。
どこかで聞き、単なる興味を持っただけかもしれない。
とにかく、フィニアスが戻るまで待つしかない。
ところが、ノイの方はそうではなかった。
ノイは、遠くからモーリスたちを見つけ、追いかけてしまったのだ。
ネイサンとセスも一緒だったので、
母親が心配するようなことはなかったのだけれど、
ノイとモーリスは、翌日に会う約束をしてしまった。
こうなると、若い二人に「会うな」と告げても、隠れて会うだけだ。
翌日、ノイは上機嫌で出かけていった。
ネイサンも、年上の若者たちと乗馬ができるので嬉しそうだ。
フロースに出来ることと言えば、
ノイが、ネイサンやセスと一緒に行動する、
ということを守らせることだけだった。




