美しい家族
「ノイが、プリオベール家の領地に興味がある?」
フロースの話に、フィニアスは驚いて聞いた。
「いいえ、そうではなくて、ノイは、草原と馬に興味があるのだと思うわ」
それは、しとしとと雨の降る昼下がり、
ノイは、二人の従弟妹たちと広間で遊び、
フィニアスは、赤子を抱いてあやし、
妻のアデールは、『花のお茶会』の招待客のリストを作っている最中で、
フロースは、お茶を飲んでいた。
ニノンと、三歳年上のネイサンは、
遊ぶ振りをしながら、大人たちの会話に耳を欹てる。
それは、ニノンが自分のポニーの話をノイにしたことから始まった。
ノイが乗馬に興味を持ったので、
子供たちは乗馬の計画を立てるのだけれど、問題があった。
三人目の子を産んだばかりの母親は、
フロースの里帰りに合わせて、子供たちを連れてディフォーレスト家に戻っており、
しばらくは、ここに滞在する。
それで、どうしようかと思っている所を、フロースに知られてしまったのだ。
これで、「ディフォーレスト家にも馬がいるのだから、ここで乗馬をしなさい」と言われるだろうと、がっかりしていた。
フィニアスは、子供たちの様子を横目で見ながら笑顔で答える。
「わたしは、数日後に領地へ戻るし、ノイを招待するのは構わないよ。
広い草原を走るのは気持ちがいいからね。
子供たちは、すぐにでも行きたいみたいだから、先に行けばいい。
フロース、君も一緒に行くんだろう」
「もちろん、そうしたいのだけれど・・・」と言ってアデールを見る。
「男爵夫人が留守の城にお邪魔するのは気が進まないわ」
アデールは微笑む。
「アンティ・フロース、どうぞ行ってらして。
わたしは『花のお茶会』の準備があるから、ここに残るけれど、
あなたに、プリオベール家の領地を見てもらいたいわ。
ねえ、フィニアス」
そう言って、彼女はフィニアスの腕に手を掛ける。
『花のお茶会』とは、ピクニック形式のパーティのことだ。
子爵婦人の自慢の庭で、毎年、花が満開になるころに、幾つかの大きなテントを張って行う。
フロースも以前、母の手伝いをしたことがある。
この準備はなかなか大変で、今は、兄嫁のソフィーと姪のアデールが手伝っているという。
フィニアスは、妻の手に自分の手を乗せると言った。
「そうだな。
ネイサンは乗馬が上手いし、ホースオブマスターのセスもいる。
任せて安心だ。
ノイは馬が好きなのか?」
「そのようね。
あの子の育ったラーウスには、広々とした草原はないし、
ロバがいるだけで、馬はいないのよ」
「馬を怖がらないんだな」
「ええ、怖がらないわね。
あの子には、騎馬民族の血が四分の一入っているからかしら」
「ノイの目の色は、ラーウス人のものでもないと思うが」
「ダカンレギオン族の女の子だけに現れるんですって。
最も、今は存在していない民族らしいけれど」
フィニアスは、ダカンレギオンの名をどこかで聞いたような気がしたが、
子供たちが抱きついてきたので、それ以上は考えなかった。
赤子を抱く父親、甘えるようにまとわりつく子供たち、その横で静かに仕事をしている美しい妻。
フロースは、この絵に描いたような家族にため息をついてしまった。
もちろん、自分にも愛する家族がいる。
ところが、自分が生んだとはいえ、ラーウスの子供たちは騒々しい。
こんな穏やかな雰囲気とはかけ離れている。
しかも聡明なアデールは、夫より二十歳以上若いのに、
てきぱきと仕事をして夫を支えている。
アデールが自分に似ていると言われるのだけれど、
それは血の繋がった者同士というだけで、
能力には雲泥の差があるような気がする。
本当に、彼女と似ているのだろうかとさえ思う。
フィニアスが妻として迎えるのは、「人形のように美しい娘」と思っていた。
ところが、彼が望んだのは、こんな女性だったのかと感心する。
あの時の自分を思い出しても、彼が自分を相手にするはずなかったのだ。
彼は自分をからかい、恋愛対象とは見てくれなかった。
彼の関心は、自分をラーウスへ送り、スパイスを購入することで、
そのために、ナイフの使い方を教えてくれただけだ。
おかげで、野菜や果物の皮むきは上手になり、料理は得意になった。
そして彼は、今でも、自分をからかうのだ。
彼の妻は自分の姪だというのに、これでは叔母としての権威も形無しだ。
「その手には乗らないわよ」と思うのだけれど、
ノイがドキッとしたように、自分もそう感じないわけでもない。
フィニアスは、魅力的な男性で、
時を経て、円熟した大人の厚みも加わっているから、
おそらく、前にも増して、御婦人方を魅了しているのだろう。
「アデールも大変ね」と思ったりする。
とにかくフロースは、子供たちを連れて、プリオベール家の領地へ向かった。
そしてこの旅が、ノイの内に秘められていた血を呼び起こし、
様々な問題を引き起こすとは、夢にも思わなかったのだ。