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フィニアス  作者: Naoko
16/19

素敵なティータイム

 天気の良い日、フロースはデルフェ婦人を訪ねた。


門を過ぎると木々が道を覆い、都会の騒々しい音が消える。

道はゆっくりとカーブし、古い石造りの屋敷が現れ、すすけたドアが見えてくる。

その入り口の周りを、可愛らしい花を咲かせたハニーサックルのつるが囲い、

甘い香りが漂ってきた。



「まあ、まあ、良くいらしてくださいましたわ」


デルフェ婦人は、満面の笑みで迎えてくれた。


「ナナ!」


ニノンが走り出す。

デルフェ婦人は、子供たちから「ナナ」の愛称で呼ばれている。


フロースは、ニノンだけでなくノイも連れてきていた。



 婦人は、スカートにしがみついたニノンの肩を優しく抱き顔を覗く。


「あら、素敵な笑顔だこと。

 好物のチョコレートと木いちごのケーキを焼きましたよ。

 手を洗ってらっしゃい」


ニノンの目は輝く。


そしてデルフェ婦人は、ノイを見ると言った。


「さ、あなたも一緒に」



 ノイは軽く貴婦人の挨拶をし、ニノンの後を追った。

彼女の貴族としての振る舞いは板につき、洗練されてきている。



 フロースは、微笑みながらこの光景を見ていた。



 変わらないデルフェ婦人の笑顔、優しい声、

年を取ってはいるけれど、ふくよかなその顔は、しわも少なく肌は滑らかだ。





 お茶は、窓際のヌックに準備されていた。

午後の日差しはまだ短く、陽の光がテーブルのすみにかかっている。


大きな花柄のテーブルクロス、美しいティーカップと小皿、明るい緑のポットカバー、

それから色とりどりのケーキに、小さなサンドイッチやスコーン。


 フロースは、おしゃべりをしながら、

こうして婦人とお茶の時間を楽しんでいた時のことを思い出す。


そして、

「どうして、すぐに戻って来なかったのかしら」と思ってしまった。




 「旦那様は、『もう仕事を辞めて、ゆっくりしなさい』とおっしゃるのですが、

『わたしから仕事を奪うのですか?』と申し上げてますのよ」

と彼女は言って、ころころと笑う。




 この屋敷は、デルフェ婦人によって管理されていた。

装飾も彼女に任されており、

フィニアスは、アデールと結婚しても、それを変えなかったのだ。



 都会の中なのに、質素な雰囲気があり、

ずっと昔のまま、時が止まってしまったような懐かしさがある。


フロースは、自分がいた頃に戻ったような気がして、

以前、そうしていたように、デルフェ婦人に甘えたくなってしまった。


フィニアスが、この屋敷をそのままにしている理由が良く分かる。



 ニノンは、お腹がいっぱいなると、庭の遊技場にノイを誘った。



「遊技場は、旦那様が子供の頃からあるのですよ。

 あなたがいらした頃は、ブラックベリーに覆われていたんです」

「そんなに前から?」

「ええ、この屋敷も古いですし、わたしの夫が良く修理していました」

「ご主人が?」


フロースは、デルフェ婦人が結婚していたのを知らなかった。


 デルフェ婦人は、にっこりと笑った。


「夫は、旦那様のお父様が亡くなられた時、必死になって旦那様を捜したんですよ。

 しばらくして旦那様は戻って来られ、この屋敷も買い戻されました。

 荒れ放題になっていましが、修理して、

 夫は病に伏せるようになり、旦那様がここで看取ってくださったのです。

 ですから、この屋敷には、たくさんの思い出があるのですよ」


フロースは、それを聞きながら、すっと涙が流れた。


この屋敷には、包み込むような優しさがある。

色々な人々の思いが詰まっているのだと思った。




「本当に、良く会いに来てくださいましたわ。

 生きている内に戻ってきて欲しい、それだけが心残りでした。

 あなたが去られた後、旦那様はとても寂しそうでしたし、

 わたしもそうでしたのよ」


フロースはそれを聞きながら、自分も時々、ここを恋しく思ったのを思い出す。



「旦那様が結婚なされた時は、わたしもほっとしました。

 三人のお子様にも恵まれ、

 昔の辛かったことなど無かったかのようです。

 それに奥様は、あなたに良く似てらっしゃるので、

 あなたが戻ってきてくださったのではと思ったほどでした。

 旦那様は、やはり、あなたのことを好きだったのですね」


そう言って、くすくすと笑う。


フロースも笑みを見せて言った。


「フィニアスは、そんな素振りなど見せてくれなかったんですよ。

 『旦那様は、とてもいい方です』とあなたから聞いた時、

 わたしは、別の人のことかと思ったほどです」


「まあ、そうだったんですか!?」


デルフェ婦人が、目を大きくして驚くので、フロースは可笑しくなってしまった。


「旦那様は、あなたが病気の時、それはそれは心配されたのに・・・

 本当に、男の方々って、しょうがないですわね。

 そうそう、あなたのいらしたお部屋は、あのまま残ってますよ」

「ええっ! 本当ですか? 見たいわ」

フロースは、はしゃぎながら言った。


「ここは、何も変わってないのですね」

「そうです」


そして婦人は、今度は仕方が無いと言う風に答える。


「旦那様は、相変わらずお忙しいし・・・

 朝早く出かけて夜遅く戻って来られるので、いないのと同じです」


「ええ、ニノンが父親に会いたがっていたんですけれど、

 『忙しいから会えないわよ』と言ったら、『ナナに会いたい』って」


デルフェ婦人は、ウィンクしてひそひそ話をするように言った。

「旦那様は、奥様と喧嘩しておられるんでしょう?

 しょうがないですわね」


フロースは笑った。

フィニアスは、デルフェ婦人に知られるのが嫌で顔を合わせないようにしているらしい。


そして二人は、フィニアスへの文句に花を咲かせる。




 そこへ突然、フィニアスが戻ってきてしまった。



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