涙
ティーカップや皿は音を立てて割れ、
周りは騒然となり、
ノイはアデールに飛び掛ろうとする。
そして動きが止まった。
フロースが、間一髪でノイを止めたのだ。
ノイは、自分を抱きかかえている母親を見て我に返る。
周りの人々の驚いた表情からも、
自分が、とんでもないことをしたのだと分かる。
モーリスも、目を丸くしている。
ノイはいたたまれなくなり、その場から逃げ出してしまった。
それは、あっと言う間のことで、
そこにいた人々は、何が起きたのか理解できないほどだった。
ノイがアデールに飛び掛ろうとしたのも、
お茶やケーキが、アデールの美しいドレスを汚してしまったので、
あわててそれを直そうとしているようにも見えた。
例え、ノイがアデールの言ったことを気に入らなかったとしても、
この娘が、人前で喧嘩するなど思いも寄らない。
人々が見ていたのは、ノイではなく、ひっくり返されたテーブルの方だった。
フロースは皆に謝り、ノイの後を追った。
そうしながら自分を責める。
娘の気性を知っていたのに、と思った。
ノイは、激しい性格で知られているラーウスの子供たちの中でも、大人しい方だった。
旅行中、何度も話し合ったし、
それに良く答えてくれて、問題を起こすことはなかった。
だから油断してしまったのだ。
今日は、自分の両親にとって、
何より、
娘にとって大切な日だったのに、と悔やまれてならない。
ノイの部屋のドアを開けると、泣き声が聞こえてきた。
ベッドにうつ伏せになって泣いているらしい。
「お婆様と一緒に選んだ」と誇らしげに言っていたドレスが小刻みに震えているのが見え、
少し前まで、それを着て嬉しそうだった娘の顔が思い出される。
フロースは、ノイがアデールの言ったことに怒ったのだと分かっていた。
それでも、やってしまったことの責任は、自分で負わねばならない。
フロースは娘の傍らに座り、その髪をなでる。
そして言った。
「お客様たちには、ママから謝っておいたわ。
テーブルクロスが絡まってしまったと言い訳したけれど、
お爺様とお婆様には謝った方がいいわね。
あなたの気持ちも分かるけれど、ここはラーウスとは違うの。
その事は何度もあなたに言ったでしょう」
ノイが顔を上げた。
フロースは、娘の髪を整え、涙をぬぐう。
ノイは後悔している。
きっと、「自分の人生はこれで終わりだ」ぐらいに思っているに違いない。
これから先、失敗はいくらでもあるのに、そんなことなど考えもしない。
自分に出来るのは、それを解決する方法を共に考えてやることだけなのだ。
「一人で誤りに行く? それともママに付いてきてもらいたい?」
ノイは頭を振った。
フロースは、どっちなのだろうと思う。
「一人で行けるの?」
すると、ノイは口を開いた。
「ママ・・・あのね・・・えっとね・・・
どうしよう・・・わたし、モーリスに嫌われたかも・・・」
そして、フロースに抱きついて声を上げて泣く。
フロースは、ノイの涙はそのことだったかと思った。
そして娘の背中に手を回し、赤子をあやすように優しく叩く。
「泣いたらいいわ。
ママもパパに嫌われたと思って、泣いた事が何度もあったのよ」
ノイは顔を上げる。
「ママが? パパを殴ったの?」
ノイが真剣な顔をして聞くので、
フロースは笑い出しそうになる。
ノイは成長したように見えても子供なのだ。
ノイの初めての恋。
恋をすると、涙を流すこともある。
フロースは、ノイの恋は叶うはずは無いと思っていたので、
自分とイベリスのことは、ノイとは違うのだけれど、
今まで、そんなことを話したことは無かったなと思った。
いい機会かもしれない。
「いいえ、そうじゃなくて・・・」
フロースはそう言って、話し始めた。
フロースとイベリスの恋物語は、長いので、ここでは割愛します。
もし、お読みになりたい方がいらっしゃれば、
「イベリス」
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へどうぞ。
この話のネタバレになるかもしれませんが、
読み終わる前に、この話の方が先に終わるでしょう。
また、読まなくても、この話に差し障りはありませんので、ご安心ください。