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フィニアス  作者: Naoko
11/19

妬心

 フロースは、立ち鏡を覗いた。

新しいドレス姿のノイが写っている。

帝国のドレスは窮屈だと言っていたのに、嬉しそうな顔が微笑ましい。


 ノイの、オリーブ色の肌に似合うドレスは、上品で、

祖母の子爵婦人が選んでくれたものだった。


子爵婦人は、フロースのドレスも選んでいる。


そして、孫の肌は健康的で美しいと褒めたのに、

娘には、日焼けし過ぎと文句を言った。

ラーウスの自然の中で生活する彼女らの肌は濃く、

帝国人の紳士淑女のとは違う。


 とはいえフロースの心配は、自分の日焼けではなく、

ノイの恋心だった。



 ノイは、今日の『花のお茶会』でモーリスに会えると、心をときめかしている。

ところがモーリスの方は、「ノイに関心はない」と言ったのだ。

フロースは、そんなことなど知らない娘に、複雑な心境になる。



 フロースは、モーリスがノイの目の色に興味を持っただけだと思っていた。

公爵になろうとする青年が、

ラーウスなど、聞いたことも無い、辺境の山の中で育ったような娘に関心を持つはずは無い。



 「それにしても、何て美しいのだろう」とフロースは、自分の娘を誇らしく思う。

恋心は、こうも人を美しくするのだ。


 今日は、三百人を越える客が来るのだし、

モーリスは、紳士的にノイに接してくれるだろう。

十六歳のノイには、それで十分だ。


フロースは、この日を、ノイの良い思い出の日にしてあげたいと思った。




 『花のお茶会』はフロースの母が始めたものだった。

元々は、親しい友人たちを招き、咲き誇る花を楽しむ小さなものだったけれど、

宮廷内で勢力のあるディフォーレスト子爵の交友関係を表し、

招待されるかどうかは、社交界でも話題になる。


 それを手伝うアデールも、

祖父や父と共に、人脈やチャンスを広げるのに利用していた。

モーリスも、この機会を利用しない手はない。




 『花のお茶会』が始まり、

フロースは、ノイから少し離れた所で見守りながら、

ノイがモーリスに付かず離れずしながら楽しんでいるのを見て、ほっとしていた。



「あんたは娘の方が大事で、この機会を利用するのには関心なさそうだな」

フロースの後ろから、フィニアスの声がした。


フロースは振り向く。

彼は彼女を観察していたのだ。


「わたしは父のようではないわ。

 あなたに散々馬鹿にされて、

 自分にはその能力が無いって悟ったのよ」


彼女は、冗談交じりに答える。


フィニアスは笑った。


「わたしは、そんなことも言ったのか。

 まあ、確かに、あんたはアデールの様ではないな。

 似ているが、やはり違う人間だ」


「当然でしょう。

 わたしに似合うのは主婦の仕事よ。

 それだって大変なのよ。

 料理に子育て、家の管理もあるし、人脈だの何だのって、わたしには無理よ。

 あなたにも騙され、利用されてしまったし。

 そういえば、何だか知らないけれど、夫から分厚い封筒を預かって父に渡したわね。

 今回も、訳の分からないことで使われているみたいよ」


「確かに、あんたにはそれくらいが似合っている」

「まあ、褒めたつもり? 貶しているみたいだわ」

そうして、二人は笑った。


 いつもなら、客の接待で忙しいフィニアスなのに、

今日は、フロースとの会話を楽しんでいる。


 フィニアスは、フロースといると、時がゆったりと流れていくような気がしていた。

自分を素に戻してくれるような心地よさがある。



 ところがアデールは、そんな夫の様子を見て、

自分の気持ちが押し上げられていくのを感じた。


彼女の心の内に留められていた思いは募り、その箍をはずしたのはノイだった。




 モーリスと会話していたアデールは、横にいるノイを邪魔に思ったのだ。


 ノイは、会話に入って来る訳ではないのだけれど、

モーリスに恋心を抱いているその雰囲気が、アデールをイライラさせる。


 そして、自分の夫と親しそうに話すフロースと、

公爵になろうとしている青年に関心を持つ彼女の娘が、どうにも癪に障って仕方が無い。




 アデールは、皆にも聞こえるように言った。



「叔母のフロースが久しぶりに里帰りすると聞いた時、皆で喜んだのですよ。

 わたしは、叔母に似ていると言われていましたし、

 再会できるのを楽しみにしていました。

 ところが会ってみて、とても驚いたのです。

 以前の叔母は、洗練されて美しかったのに、田舎での生活は人を変えるものですね。

 ラーウスなんて、辺境の地にお嫁に行かれて、

 夫のイベリスとやらに、苦労させられているのではないかと心配です。

 お気の毒ですわ」



 それを聞いたノイは、自分の両親が馬鹿にされたと思った。


ノイにとって、アデールの言い方は挑戦したことになり、受けて立たねばならない。

それはラーウスのどこにでもある子供染みた騒動で、大人はそんな挑戦には乗らない。

ノイは、まだ子供だった。



 アデールの言葉はフロースにも聞こえていたのだけれど、時はすでに遅い。



ノイは、アデールの前にあったお茶や菓子の乗ったテーブルをひっくり返した。



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