第9章:システムフリーズ ―― 春の終焉と玲子の叫び
その時、地鳴りのような轟音が、施設の分厚い岩盤を突き抜けて響いた。地下深くにあるはずの制御室が、激しく左右に揺さぶられる。壁の計器が火花を散らし、消火システムが誤作動を起こして霧を噴射した。 重力波干渉計の計器が、測定限界を超えて振り切れ、制御室は赤いアラートに染まった。スピーカーからは、もはや音とは呼べない不快なデジタル・ノイズが鳴り響く。それは、宇宙というシステムが、ついに容量の臨界点を突破し、「全データの強制パージ」コマンドを実行した合図だった。宇宙という物語の、最終巻が閉じられようとしていた。
地上の新宿では、ついに平穏が崩壊していた。 空は極彩色の干渉縞で埋め尽くされ、まばゆい陽光は毒々しいノイズへと変貌した。春の穏やかな午後は一変し、高層ビルが劣化したテクスチャのように虚空へ溶け落ち、人々は叫び声を上げる暇もなく、デジタルノイズとなって空へと吸い上げられていく。自らの身体が「記述」の一部であることを、人々は最期の瞬間に思い知らされるのだ。現実感が剥ぎ取られ、世界は単なる色の付いた図形の集積へと還元されていった。
玲子が徳永の手を強く握りしめた。彼女の身体も、削除の波に洗われて透け始めている。 「行こう、お父さん。……万紗子さん、お母さん・・・が待っている、情報の特異点へ。あそこへ辿り着けるのは、この物理世界で最も強靭な『意志の重み』を持った、あなただけよ。琉球古武道の極意は、世界と一体になり、その流れを制御することだったわよね? チンクチを締め、あなたの全情報を一点に集中させて。情報の嵐に流されない『不変の記述』になって!」
徳永は、本部御殿手の「息吹」を深く吐き出した。肺の中の空気が、情報の結晶となって排出されるような感覚。 混乱する東京の群衆の叫びが遠のき、彼の中には、ただ一つの目的だけが、極小の、しかし無限の密度を持った一点となって凝縮されていた。彼は無精ひげを手の甲で拭い、娘の手を握り締めた。武道家の指先が、玲子の不安定な実在をしっかりと、物理的な確信を持って掴んでいた。




