第7章:万紗子のスマホ日記 ―― 秘められた祈りと名付け
玲子の告白に、徳永は崩れ落ちるように制御室の椅子に座り込んだ。 物理学者としての彼が「あり得ない」と叫び、古武道家としての彼が「これこそが真理だ」と静かに受け入れている。宇宙という名のハードディスクの中で、亡き妻は自身の娘というプログラムを育て続けていたのだ。 その時、徳永の視線が、制御パネルの脇に置かれた古びたスマートフォンに止まった。万紗子の遺品だ。玲子がそっとその端末を起動させる。画面には、かつて二人で撮った、満開の桜の下での写真が壁紙として設定されていた。パスコードは、二人の結婚記念日だった。
開かれたメモアプリの最上部、三年前、2027年の「あの日」の日付で日記が記されていた。徳永はその画面を見つめ、胸が焼けるような熱さに襲われた。
『今日、病院へ行きました。やっと授かった。お腹の中で小さく動く情報の芽。隆明さんにいつ言おう。今日の彼は研究で行き詰まっているみたい。もしこの世界が許してくれるなら、男の子なら隆玲、女の子なら玲子と名付けたい。隆明さんの「隆」と、如月先生が仰っていた「ロゴス(言)」の光「玲」を合わせて。この子が、私たちの愛の証明になるのね。どんなに世界が不安定でも、この命の記述だけは、神様にだって消させない。』
徳永の視界が涙で歪んだ。あの夜、自分は多忙を理由に彼女の言葉を遮り、一人にしてしまった。彼女が最後に言いたかったのは、研究の進捗ではなく、この新しい命のことだったのだ。彼女は、この新しい命というログを救うために、一人で情報の地平線へと向かったのだ。
「お母さんは、この日記の続きを、あなたと一緒に書きたかったのよ、お父さん。……だから私を、玲子という名の記述として、ここへ遺したの。物理的な死を超えて、物語を繋ぐために」




