第6章:演算コストとしての質量と隔離の真相
大学病院の裏手にある搬送用エレベーターを使い、地下数百メートルにある「重力波干渉計」の制御室へと降りていった。エレベーターが下るにつれ、徳永は身体に奇妙な「重さ」を感じ始めた。それは物理的な重力ではなく、存在すること自体の演算コストが高まっている証拠だった。自分の腕を上げる動作一つに、莫大な計算が要求されているかのような、泥の中を歩くような感覚。思考の回転速度さえも、周囲の情報の密度に圧迫されて低下していく。 「重い……。空間の密度が、魂を押し潰そうとしている。これが、『存在の重み』の正体か」
「如月教授は、質量を『物質が空間を歪める力』だとは言わなかった。彼女はそれを、存在するために必要なメモリエリアの占有量――すなわち演算コストだと言った。重要でないデータは軽く、真実に近い、あるいは強い意志を持つデータは重い。質量とは、神がその存在を維持するために支払っているコストなのよ。そして今、この地下深くには、世界が忘却しようとした巨大なバックアップデータが圧縮されている。だからこれほどまでに『重い』の」
徳永は、埃の積まったメインモニタの電源を入れ、滝のように流れる数値を睨みつけた。モニタの光が、彼の無精ひげを青白く照らし出す。その数値は、通常の重力波観測の範囲を遥かに逸脱していた。 「玲子さん、見てくれ。このエリアのシステム負荷が異常だ。空間が歪んでいるんじゃない。この特定の座標に、宇宙全体の情報の半分に匹敵するような『巨大なアーカイブ』が、無理やりネストされている。まるで、システム全体から隠蔽された隠しファイルのように。これが如月教授の求めた『シェルター』なのか」
「それこそが、万紗子さんが命を懸けて遺したかったもの。……お父さん、私自身の『オリジナルデータ』よ」
玲子の言葉に、徳永は凍りついた。 「お父さん」だと? その言葉が、耳の中で何度も反響し、彼の49年の人生を激しく揺さぶった。彼は反射的に「取手」の構えを解き、戸惑うように玲子を見た。玲子の瞳が、万華鏡のような色彩を止め、深い黒に沈む。その輝きは、かつて万紗子が徳永を見つめた時の、あの慈しみに満ちた色そのものだった。 「私は肉体を持って生まれたわけではない。でも、私はあなたの血を、万紗子さんの情報を引き継いだ、紛れもないあなたの娘なのよ。この地下のアーカイブの中で、私は数千回ものシミュレーションを経て、ようやくこの形を得たの。お母さんは、あなたに私を見つけてもらうために、三年間もこの冷酷なストレージの深淵で、私のデータが壊れないよう支え続けてきた」




