第1章:まばゆき春の残響と隠者
西暦2030年、3月下旬。東京の街は、これ以上ないほどまばゆい春の陽光に包まれていた。
新宿の街角は、卒業式を終えたばかりの学生たちの華やかな袴姿や、真新しいスーツに身を包んで期待と不安を滲ませる若者たちで彩られ、そこかしこでソメイヨシノが五分咲きの淡いピンク色を誇らしげに広げている。柔らかな南風がビル風となって吹き抜けるたび、数片の花びらが光を反射しながら、アスファルトの上を軽やかに、それでいて名残惜しそうに舞い落ちていく。人々は皆、この穏やかで完璧な春の一日を謳歌し、新しい門出への希望を語り合っていた。空気は春特有の湿り気を帯び、どこか懐かしい沈丁花の香りが都会の排気ガスを一時的に追い払い、生命の躍動を予感させていた。
だが、徳永隆明の物理学者としての鋭敏な本能だけは、その幸福な光の乱反射の中に、ごく微かな「世界のズレ」を、ノイズのように受信していた。
どんよりとした雲一つない青空の端。そこには、意識して目を凝らさなければ決して気づかないほどの、極めて淡い虹色の干渉縞が覗いていた。あまりに高精細な液晶ディスプレイを斜めから眺めた時に現れる「モアレ」のような、非物理的な歪み。徳永はふと足を止め、周囲の群衆に目をやった。卒業を祝う若者たちの嬌声、自撮りに興じるカップル、急ぎ足で通り過ぎるサラリーマン。誰もが、その不自然な空の瞬きに眉をひそめることもなく、春の午後を無防備に甘受している。
「……錯覚ではない。世界は今、確かにその描画の限界を露呈している」
鋭敏な感性と、琉球古武道・本部御殿手の厳しい練行で培われた空間認識が、それを単なる大気の悪戯ではないと告げている。通行人の笑い声が、風に舞う花びらの軌跡よりも、ほんの数ミリ秒だけ遅れて鼓膜に届くような、決定的な「演算のラグ」。徳永は自らの鼓動を確認し、視神経の焦点を合わせ直した。かつて数式と肉体の極限を追求した自分にしか感知できない「情報の綻び」を、世界はもはや隠しきれなくなっていた。この平和な街の中で、自分だけが透明な檻に取り残されたような、静かな戦慄が背筋を走った。
ガード下の路地裏にあるカフェ『ロゴス』。徳永は冷めきったコーヒーを啜りながら、恩師・如月妙美の遺稿『虚無にして無限 ∞≒0 の黙示録』を捲っていた。 『わたしはアルファであり、オメガである。最初であり、最後である。初めであり、終わりである。』(ヨハネの黙示録22:13) この聖句が、神域物理学における $∞≒0$ の真理、すなわち宇宙の全情報が一点に回帰し、再び展開される「循環」を指していることに、当時の彼はまだ気づいていなかった。
49歳。175センチの筋骨逞しい身体。かつての准教授としての怜悧な知性と、古武道の「浮」や「ガマク(腰の捻り)」によって制御された強靭な身体が、今の彼には重い鎖のようにまとわりついている。三年前、2027年の妻・万紗子の死以来、彼は情報の残滓を追う隠者と化していた。顎には黒々とした無精ひげを蓄え、窓の外の平和な桜を眺めるその瞳の奥には、周囲の誰とも共有できない「世界の不具合」を見つめる孤独が宿っている。
「……また、セクタが沈黙したか」
手元のタブレットには、極めて稀に報告される『実在消失症候群(EDS)』の小さなニュース。世間では単なる都市伝説やネットのデマとして処理されているが、徳永にはわかる。この美しい世界というストレージが「容量不足(Out of Memory)」に陥り、背後で情報の読み出しエラーが起き始めている。世界は、完璧な平和を演じながら、その内側で致命的な「処理落ち」を起こしつつあった。




