第9話|初クエスト
冒険者ギルドの掲示板は、想像以上に地味だった。
魔王討伐も、秘宝探索もない。
貼られているのは――
・薬草採取
・荷運び
・街道の見回り
・害獣の追い払い
「……現実的すぎるだろ」
[初見の神]『日雇い』
[観測者アレス]『異世界労働』
「言い方最悪だな」
だが、選り好みできる立場でもない。
今の俺は、装備なし・金なし・実績なし。
新人向けの雑務から始めるしかなかった。
「街道見回り……これでいいか」
内容は単純だ。
街の外周にある旧街道を歩き、
魔物や異常がないかを確認する。
討伐義務はなし。
異変があれば、即帰還。
初心者用としては、かなり安全な部類らしい。
受付で木札を受け取り、門を出る。
朝の街道は、思ったより穏やかだった。
行商人の馬車。
畑仕事をする農民。
遠くで鳴く鳥の声。
昨日までの死線が、嘘みたいだ。
「……平和だな」
[観測者アレス]『フラグ』
「立てるな」
歩きながら、周囲を観察する。
草の揺れ。
地面の足跡。
遠くの森の気配。
全部が未知だ。
だが、配信をしているおかげか、視点が自然と整理されていた。
危険を実況する癖。
状況を言語化する癖。
前世で身につけたものが、思わぬ形で役に立っている。
「右は森、左は開けてる……」
[初見の神]『左安全』
[観測者アレス]『右は索敵注意』
「……指示出るの早いな」
神たちのコメントが、次第に“指示厨”になりつつある。
最初は鬱陶しかったが、完全に無視するのも違う。
全部聞く必要はない。
だが、選択肢が増えるのは事実だ。
「参考にはする」
そう言って、歩調を緩める。
そのときだった。
足元の小石に、つまずいた。
「っ……!」
前のめりになった身体が、思ったより大きく傾く。
転ぶ――そう思った瞬間。
ぐらりとした視界が、わずかにズレた。
まるで、世界が半歩だけ横にずれたような感覚。
次の瞬間、体勢が戻っていた。
「……今の、何だ?」
[観測者アレス]『出た』
[初見の神]『小回避』
スキル欄が、淡く点滅する。
【小回避】発動
「……あ」
避けたのは、攻撃じゃない。
ただの転倒。
それでも、確かに“外れた”。
致命的になり得た一瞬を、ほんのわずかに逸らした。
派手さは皆無。
だが――実感できる。
「地味だけど……効くな、これ」
[300年ROM専]『死なないスキル』
歩き直し、街道を進む。
すると、前方の草むらが不自然に揺れた。
小さな影が、二つ。
「……来たか」
ゴブリン。
昨日聞いた通り、最弱クラスの魔物。
とはいえ、武器を持つと話は別だ。
「討伐義務はない……帰るか?」
[初見の神]『逃げ推奨』
[観測者アレス]『初日は無理しない』
正論だ。
だが、ここで逃げ続ければ、何も始まらない。
「……一体だけなら」
足音を殺し、距離を測る。
近づきすぎた瞬間――
"パキ"
枝が折れた。
ゴブリンがこちらを向く。
甲高い叫び声。
「っ!」
棍棒が振り下ろされる。
反射的に身を引く。
ギリギリ。
頬をかすめる風圧。
【小回避】が、再び発動した。
完全に避けきれなかったはずの一撃が、わずかにズレる。
「……今だ!」
地面の石を掴み、全力で投げる。
直撃。
ゴブリンが怯んだ隙に、全力で距離を取る。
もう一体が現れたのを見て、即撤退。
「無理無理!」
走る。
心臓が爆発しそうになる。
だが、背中を叩く棍棒は――届かなかった。
街道の境界線を越えたところで、追撃は止んだ。
息を切らしながら、振り返る。
生きている。
討伐はしていない。
だが――
「……初クエスト、クリアでいいだろ」
依頼内容は“異常なしの確認”。
異常は、あった。
ちゃんと報告できる。
[初見の神]『生還えらい』
[観測者アレス]『判断◎』
神のコメントに、少しだけ胸が温かくなる。
無茶はしなかった。
だが、逃げただけでもない。
「……悪くない一日だな」
冒険者としての、最初の仕事。
英雄には程遠い。
それでも確かに一歩前へ進んだ。
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