第7話|初ガチャ
夜の街は、思ったより静かだった。
酒場の喧騒も、通りを一本外れれば遠くなる。
ランタンの明かりだけが、石畳を淡く照らしている。
俺は宿の裏手、壁にもたれるように腰を下ろした。
「……今日一日、濃すぎだろ」
死んで。
転生して。
魔物に追われて。
神に見られて。
街に着いたと思ったら、また命を賭ける羽目になった。
異世界初日とは思えない。
視界の端に、例の数字が浮かんでいる。
投げ銭ポイント:35
「……で。これが、ガチャの通貨なんだよな」
意識を向けると、ウィンドウが開いた。
《神投擲ガチャ》
だが、すぐに無情な表示が重なる。
《必要ポイント:100》
「……足りねえな」
[初見の神]『足りないね』
[観測者アレス]『全然』
「全然って言うな」
35。
命を張って得た数字が、条件にすら届いていない。
「……これ、どうやって貯めるんだ」
[300年ROM専]『盛り上がると増える』
[初見の神]『面白いと増える』
「抽象的すぎるだろ」
だが、理解はできた。
評価。
視線。
娯楽。
つまり――配信者としての“いつもの世界”だ。
「……前世と同じじゃねえか」
炎上で数字が落ちた日々を思い出す。
視聴者が去り、再生数が減り、
それでも配信を続けた夜。
まさか死後まで、同じ仕組みに縛られるとは思わなかった。
俺が溜息をついた、その時だった。
《投げ銭ポイント:+20》
「……は?」
突然、数値が跳ねた。
[初見の神]『今のよかった』
[観測者アレス]『テンポいい』
「何がだよ」
《投げ銭ポイント:+30》
《投げ銭ポイント:+15》
立て続けに数字が増える。
「ちょ、待て待て」
視線を走らせると、コメント欄が妙に盛り上がっていた。
[初見の神]『初ガチャ前は回すでしょ』
[300年ROM専]『ここは押す』
[課金は文化]『足りない分入れとくわ』
「入れとくな!」
言った直後、さらに数字が跳ねる。
《投げ銭ポイント:+50》
残高表示が、書き換わった。
投げ銭ポイント:100
「……」
一瞬、言葉が出なかった。
努力でも、戦果でもない。
ただ――神の気分だ。
「……いいのかよ、これ」
[観測者アレス]『操作はしてない』
[初見の神]『結果はランダム』
[300年ROM専]『回す権利あげただけ』
確かにそうだ。
結果そのものに干渉はしていない。
ただ、扉の前まで押し出されただけ。
「……都合よすぎだろ」
[課金は文化]『娯楽だからね』
軽い。
あまりにも軽い。
命のやり取りをしているのは俺なのに、
神たちはゲームの続きを待つ観客みたいだった。
それでも。
視界の中央で、ガチャ画面が淡く光っている。
《実行可能》
ここまで来て、引かない理由はなかった。
「……回すぞ」
[初見の神]『きた』
[観測者アレス]『初ガチャ』
意識を集中させる。
円環がゆっくりと回り始めた。
派手な演出はない。
だが、不思議と息が詰まる。
回転音もなく、光だけが静かに巡る。
世界が、一瞬だけ遠のいた。
そして――止まる。
表示された文字。
Rランク
【小回避】
「……は?」
思わず声が漏れた。
攻撃魔法でもない。
剣術スキルでもない。
説明文が浮かぶ。
“致命的な一撃を、わずかに外す補正を得る”
「……地味すぎないか?」
[初見の神]『地味』
[観測者アレス]『でも当たり』
[300年ROM専]『死ににくくなる』
視線をスキル欄へ向ける。
【小回避】
常時発動・自動補正型
意識して使う必要もない。
発動条件も不明。
ただ、当たるはずだった一撃が、
“ほんの少しだけ”逸れる。
「……でも」
この世界では、その“ほんの少し”が生死を分ける。
派手さはない。
だが、確実に――生存向きだ。
「最初の一個としては、悪くねえな」
[観測者アレス]『長生きするタイプ』
[初見の神]『配信向き』
配信向き、という言葉に少しだけ笑った。
剣も魔法もない。
あるのは、死なない確率が少し上がるだけの能力。
それでも。
俺は、確かに前に進んだ。
「……次は、自力で貯めるか」
視界のポイント表示は、ゼロに戻っている。
もう神が投げるとは限らない。
だからこそ――
次は、魅せなきゃいけない。
生き様を。
選択を。
戦いを。
「異世界でも、配信は楽じゃねえな」
それでも。
俺はコメント欄を見ながら、立ち上がった。
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