表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/26

第6話|初投げ銭

街の門をくぐった瞬間、空気が変わった。


草原の冷たい夜気とは違う。

人の体温、焚き火の匂い、金属と油の混じった生活の気配。


「……やっと、人のいる場所だな」


石畳の通りに、ランタンの光が等間隔に並ぶ。

鎧姿の衛兵、荷車を引く商人、酒場から漏れる笑い声。


間違いなく、文明の中だった。


[初見の神]『人多いな』

[観測者アレス]『初期拠点っぽい』

[300年ROM専]『ようやくセーフエリア』


「セーフエリアって言い方やめろ」


そう返しながらも、内心では同意していた。


草原での一件を思えば、

この街は天国みたいなものだ。


……問題があるとすれば。


「金、ねえんだよな」


ポケットを探っても、何も出てこない。


財布もなければ、換金できそうな装備もない。

完全な無一文だった。


[初見の神]『草』

[観測者アレス]『初日ホームレス配信』


「笑うな」


宿にも泊まれない。

食事もできない。


状況としてはかなり詰んでいる。


通りを歩きながら、どうするべきか考えていたときだった。


前方が、ざわついた。


人だかり。

怒鳴り声。

悲鳴。


嫌な予感しかしない。


「……何か起きてるな」


[観測者アレス]『イベント臭』

「やめろその言い方」


人垣の隙間から見えたのは、横倒しになった荷車だった。


積み荷が散乱し、その陰に中年の商人が倒れている。

足が挟まって動けないらしい。


そして――


その前に立つ影。


犬に似た体躯。

異様に長い牙。

赤く光る両眼。


「……また魔物かよ」


街の中だというのに、衛兵の姿はまだ見えない。


住民たちは距離を取り、誰も近づけずにいた。


[初見の神]『弱そうではある』

[300年ROM専]『でも一般人には無理』


俺も同意見だった。


武器はない。

スキルも未使用。

知識も経験もゼロ。


それでも。


「……あの人、逃げられねえ」


商人は必死に足を引こうとしているが、荷車は重い。


魔物が唸り声を上げ、一歩前へ出た。


次で襲う。


分かった瞬間、身体が動いていた。


「おい!」


近くに落ちていた石を掴み、全力で投げる。


命中はしない。

だが魔物の視線がこちらを向いた。


赤い目が、俺を捉える。


「……こっちだ」


完全に、ターゲットを取った。


魔物が地面を蹴る。


速い。


草原で見た個体より小さいが、速度は十分すぎた。


「っ……!」


横に跳ぶ。


転びそうになりながら、なんとか距離を取る。


その瞬間。


視界の端で、淡い光が弾けた。


《投げ銭ポイント:+10》


「……は?」


一瞬、理解できなかった。


身体に変化はない。

息は苦しいまま、脚も震えている。


何も起きていない。


ただ――


数字だけが、増えていた。


[初見の神]『入った』

[観測者アレス]『初スパ』


「……今、何だ?」


答えは返ってこない。


魔物は止まらない。


再び飛びかかってくる。


避ける。


転ぶ。


石畳に肩を打ち、息が詰まる。


《投げ銭ポイント:+5》


「……また?」


何も変わらない。


強くなっていない。

速くもなっていない。


ただ、数字だけが増えていく。


[300年ROM専]『いいね伸びてる』


「伸びて嬉しいのは再生数だけだ!」


叫びながら、必死で距離を取る。


魔物の牙が服を掠め、布が裂けた。


痛みはないが、心臓が凍りつく。


――死ぬ。


普通に死ぬ。


視界の端では、数字が増えていく。


《投げ銭ポイント:+20》


何も起きない。


助けも来ない。


奇跡も起きない。


それでも神たちだけが、楽しそうだった。


[初見の神]『盛り上がってきた』

[観測者アレス]『次どうする?』


「どうするもクソもあるか……!」


叫んだ直後。


通りの奥から、槍が飛んできた。


魔物の脇腹を貫き、地面に突き刺さる。


遅れて、衛兵たちが駆け込んできた。


「下がれ!」


数秒後、魔物は息絶えた。


戦闘は、あっけなく終わった。


その場に立ち尽くしたまま、膝が震える。


……生きている。


だが、助けたのは俺じゃない。


街の衛兵だ。


投げ銭でも、配信でもない。


俺はただ、逃げ回っていただけだった。


[初見の神]『生存』

[観測者アレス]『ナイス導入回』


「……導入?」


視線を落とす。


そこには、増えたままの数値が表示されていた。


投げ銭ポイント:35


「……これ、何なんだよ」


力でもない。

回復でもない。

救いでもない。


ただの数字。


だが確かに、神はそれを“価値”として見ている。


胸の奥が、冷えた。


これは金だ。


命を賭けて、増える金。


そして神は、それを使って――

何かを引けと言っている。


理解してしまった。


投げ銭は力じゃない。


可能性を買うための通貨だ。


「……笑えねえな」


それでも。


俺の視線は、数値から離れなかった。


この世界に来た以上、

使わない選択肢なんて、残っていなかったから。

ここまで読んでいただきありがとうございます!


面白いと思っていただけたら、

★評価・感想・ブックマークで応援してもらえると励みになります。


次回もよろしくお願いします!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ