第6話|初投げ銭
街の門をくぐった瞬間、空気が変わった。
草原の冷たい夜気とは違う。
人の体温、焚き火の匂い、金属と油の混じった生活の気配。
「……やっと、人のいる場所だな」
石畳の通りに、ランタンの光が等間隔に並ぶ。
鎧姿の衛兵、荷車を引く商人、酒場から漏れる笑い声。
間違いなく、文明の中だった。
[初見の神]『人多いな』
[観測者アレス]『初期拠点っぽい』
[300年ROM専]『ようやくセーフエリア』
「セーフエリアって言い方やめろ」
そう返しながらも、内心では同意していた。
草原での一件を思えば、
この街は天国みたいなものだ。
……問題があるとすれば。
「金、ねえんだよな」
ポケットを探っても、何も出てこない。
財布もなければ、換金できそうな装備もない。
完全な無一文だった。
[初見の神]『草』
[観測者アレス]『初日ホームレス配信』
「笑うな」
宿にも泊まれない。
食事もできない。
状況としてはかなり詰んでいる。
通りを歩きながら、どうするべきか考えていたときだった。
前方が、ざわついた。
人だかり。
怒鳴り声。
悲鳴。
嫌な予感しかしない。
「……何か起きてるな」
[観測者アレス]『イベント臭』
「やめろその言い方」
人垣の隙間から見えたのは、横倒しになった荷車だった。
積み荷が散乱し、その陰に中年の商人が倒れている。
足が挟まって動けないらしい。
そして――
その前に立つ影。
犬に似た体躯。
異様に長い牙。
赤く光る両眼。
「……また魔物かよ」
街の中だというのに、衛兵の姿はまだ見えない。
住民たちは距離を取り、誰も近づけずにいた。
[初見の神]『弱そうではある』
[300年ROM専]『でも一般人には無理』
俺も同意見だった。
武器はない。
スキルも未使用。
知識も経験もゼロ。
それでも。
「……あの人、逃げられねえ」
商人は必死に足を引こうとしているが、荷車は重い。
魔物が唸り声を上げ、一歩前へ出た。
次で襲う。
分かった瞬間、身体が動いていた。
「おい!」
近くに落ちていた石を掴み、全力で投げる。
命中はしない。
だが魔物の視線がこちらを向いた。
赤い目が、俺を捉える。
「……こっちだ」
完全に、ターゲットを取った。
魔物が地面を蹴る。
速い。
草原で見た個体より小さいが、速度は十分すぎた。
「っ……!」
横に跳ぶ。
転びそうになりながら、なんとか距離を取る。
その瞬間。
視界の端で、淡い光が弾けた。
《投げ銭ポイント:+10》
「……は?」
一瞬、理解できなかった。
身体に変化はない。
息は苦しいまま、脚も震えている。
何も起きていない。
ただ――
数字だけが、増えていた。
[初見の神]『入った』
[観測者アレス]『初スパ』
「……今、何だ?」
答えは返ってこない。
魔物は止まらない。
再び飛びかかってくる。
避ける。
転ぶ。
石畳に肩を打ち、息が詰まる。
《投げ銭ポイント:+5》
「……また?」
何も変わらない。
強くなっていない。
速くもなっていない。
ただ、数字だけが増えていく。
[300年ROM専]『いいね伸びてる』
「伸びて嬉しいのは再生数だけだ!」
叫びながら、必死で距離を取る。
魔物の牙が服を掠め、布が裂けた。
痛みはないが、心臓が凍りつく。
――死ぬ。
普通に死ぬ。
視界の端では、数字が増えていく。
《投げ銭ポイント:+20》
何も起きない。
助けも来ない。
奇跡も起きない。
それでも神たちだけが、楽しそうだった。
[初見の神]『盛り上がってきた』
[観測者アレス]『次どうする?』
「どうするもクソもあるか……!」
叫んだ直後。
通りの奥から、槍が飛んできた。
魔物の脇腹を貫き、地面に突き刺さる。
遅れて、衛兵たちが駆け込んできた。
「下がれ!」
数秒後、魔物は息絶えた。
戦闘は、あっけなく終わった。
その場に立ち尽くしたまま、膝が震える。
……生きている。
だが、助けたのは俺じゃない。
街の衛兵だ。
投げ銭でも、配信でもない。
俺はただ、逃げ回っていただけだった。
[初見の神]『生存』
[観測者アレス]『ナイス導入回』
「……導入?」
視線を落とす。
そこには、増えたままの数値が表示されていた。
投げ銭ポイント:35
「……これ、何なんだよ」
力でもない。
回復でもない。
救いでもない。
ただの数字。
だが確かに、神はそれを“価値”として見ている。
胸の奥が、冷えた。
これは金だ。
命を賭けて、増える金。
そして神は、それを使って――
何かを引けと言っている。
理解してしまった。
投げ銭は力じゃない。
可能性を買うための通貨だ。
「……笑えねえな」
それでも。
俺の視線は、数値から離れなかった。
この世界に来た以上、
使わない選択肢なんて、残っていなかったから。
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