第5話|配信しながら街へ向かう
距離を取ってから
魔物は、結局こちらに踏み込んではこなかった。
一定の距離を保ったまま、数度唸り声を上げたあと、
まるで興味を失ったかのように草原の闇へと消えていく。
「……行った、よな?」
しばらく身構えたまま待ち、
赤い光が完全に見えなくなったところで、ようやく息を吐いた。
肺の奥に溜まっていた空気が、一気に抜ける。
「はぁ……」
足から力が抜け、思わずその場に座り込んだ。
心臓が、まだ早鐘を打っている。
死ぬかと思った。
本気で。
[観測者アレス]『初回にしては上出来』
[初見の神]『生存おめ』
[300年ROM専]『まあまあ見応えあった』
「軽いな……」
だが、その軽さが不思議と腹立たしくなかった。
視界の端で流れるコメント。
文字だけのはずなのに、
そこに“誰かがいる”感覚が確かにある。
ひとりじゃない。
それだけで、心拍が少しずつ落ち着いていった。
「……助言、ありがとうな。正直、かなり助かった」
そう言うと、コメントが一瞬止まる。
[観測者アレス]『お?』
[初見の神]『礼言われた』
[300年ROM専]『珍しい』
「なんで驚くんだよ」
[観測者アレス]『配信者って大体キレ散らかすから』
[初見の神]『罵声デフォ』
「偏見ひどくない?」
思わず笑ってしまう。
そうだ。
この空気。
少し前まで、毎日のように触れていたものだ。
視聴者と軽口を叩き、
状況を実況しながら進める感覚。
異世界だという事実は変わらないのに、
配信が始まった途端、世界の見え方が少し変わった。
「……さて」
立ち上がり、草を払う。
このまま野宿は危険すぎる。
「街、探さないとな」
[初見の神]『街ある?』
[観測者アレス]『大体あっち』
コメントの横に、
なんとなく示される方向。
もちろん地図が出るわけじゃない。
だが、神たちは俯瞰的に“世界の構造”を知っているらしい。
「助かる。完全遭難コースだったからな」
歩き出す。
月明かりだけを頼りに、草原を進む。
足元は悪いが、身体の感覚は思ったより軽い。
疲労も少なく、長距離を歩けそうだった。
[初見の神]『スタミナ高め?』
「わかんないけど、体が軽い」
[観測者アレス]『死亡ボーナスだな』
「縁起悪い言い方やめろ」
歩きながら、周囲を観察する。
遠くに見える森。
風に揺れる草。
時折聞こえる、得体の知れない鳴き声。
危険は多い。
だが、さっきほどの恐怖はない。
見られている。
それだけで、人はここまで落ち着けるのかと、少し驚いた。
「……なあ」
[初見の神]『?』
「配信切ったら、あんたたち見えなくなるんだよな?」
[観測者アレス]『そう』
[300年ROM専]『即ロスト』
「やっぱそうか」
なら、この道中は――
「しばらく、つけっぱで行くわ」
[初見の神]『了解』
[観測者アレス]『夜道配信助かる』
助かるって何だ。
内心ツッコミを入れながらも、足は止めなかった。
しばらく歩くと、遠くに小さな光が見えてきた。
焚き火か。
それとも街灯か。
「……あれ、街じゃね?」
[観測者アレス]『多分そう』
[初見の神]『文明の匂い』
距離を詰めるにつれ、光は数を増していく。
建物の輪郭。
石壁。
門らしき影。
「……本当に、異世界なんだな」
言葉にすると、ようやく実感が湧いた。
この世界で生きる。
配信しながら。
神に見られながら。
そう思うと、少しだけ笑えてくる。
「まさか死んだあとも、配信続けることになるとはな」
[初見の神]『やめないんだ』
「やめられない、が正しい」
それは仕事だった。
生き方だった。
そして今は――
生き延びるための手段でもある。
街の門が、はっきりと見える距離まで近づいた。
人の声が聞こえる。
ランタンの明かりが揺れる。
異世界で初めて見る、人の営み。
「……よし」
深く息を吸う。
「初配信の街ロケ、ってことで」
[観測者アレス]『いいね』
[初見の神]『タグどうする?』
「知らねえよ」
苦笑しながら、俺は門へ向かって歩き出した。
異世界生活は、今ようやく――
本当に、始まったばかりだ。




