第36話|残されたもの
昨日より、少しだけ空気が重い。
湿り気を含んだ匂いが、森の奥から流れてくる。
「……昨日より、静かですね」
セラが周囲を見回す。
「音が減ってる」
鳥の声がない。
風の音も、途切れがちだ。
《神観測ストリーム:ON》
[今日も暇な女神]『静か=安全、とは限らない』
[300年ROM専]『むしろ嫌なやつ』
[観測者アレス]『二日目で変化は早い』
昨日引き返した地点を越える。
足跡は、まだ新しい。
だが――
人のものが混じっている。
「……これ」
セラが、地面を指さす。
革靴の跡。
冒険者用だ。
「人数は、三か四」
「昨日のうちに入った、別パーティですね」
《神観測ストリーム》
[今日も暇な女神]『先客いる』
[300年ROM専]『嫌な展開』
進むにつれ、痕跡は増える。
折れた枝。
引きずった跡。
不自然に落ちている矢。
「……戦ってる」
「しかも、散ってる」
隊列が崩れた痕だ。
「……追いますか」
セラが聞く。
ユウトは、周囲を一度だけ見回した。
「距離を保って、な」
「はい」
《神観測ストリーム》
[慎重派の神]『追跡OKライン』
[今日も暇な女神]『置いてかれたら笑えない』
少し進んだところで、
それは見つかった。
地面に落ちた、冒険者の腕章。
血は、乾いている。
「……昨日じゃない」
「一晩以上、経ってる」
《神観測ストリーム》
[300年ROM専]『回収されてない』
[今日も暇な女神]『あーあ』
さらに奥。
今度は、盾。
凹みが深い。
刃物じゃない。
「……殴られてますね」
「力がある」
オーク――
いや、それ以上。
「ここで止めよう」
ユウトが言う。
「生存確認は?」
「望みは薄い」
冷たい判断だが、事実だった。
《神観測ストリーム》
[観測者アレス]『線引きができてる』
[今日も暇な女神]『助けたい顔してるけど』
そのとき――
森の奥で、金属音。
――カン。
昨日と同じ音。
だが、今度ははっきりと方向を持っている。
「……合図」
「見せてますね」
追跡されているのではない。
見られている。
《神観測ストリーム》
[300年ROM専]『完全に意識されてる』
[今日も暇な女神]『挑発だこれ』
ユウトは、盾を拾い上げた。
重い。
そして、温度が残っている。
「……戻る」
即断。
これ以上は、調査の範囲を越える。
帰路。
背中に、視線を感じる。
距離は、一定。
近づかない。
離れない。
それが、余計に気持ち悪い。
「……ついてきてます」
「分かってる」
《神観測ストリーム》
[慎重派の神]『追ってこないのが一番怖い』
[今日も暇な女神]『ホラー回』
街に戻る。
門が閉まる音を聞いて、
ようやく肩の力が抜けた。
ギルドでの報告は、短く。
「別パーティの痕跡あり。
戦闘後、撤退か壊滅の可能性」
受付の顔色が、明らかに変わる。
「……腕章と盾、確認します」
《神観測ストリーム》
[300年ROM専]『情報重い』
[観測者アレス]『次は動くぞ』
宿に戻る。
部屋で、セラがぽつりと言った。
「……私たち、
昨日引き返して正解でしたね」
「そうだな」
一拍。
「でも」
セラは、腕章のあった方向を思い出すように言う。
「放っておいたら、
同じことになりますよね」
ユウトは答えなかった。
代わりに、剣を磨く。
刃に映る、自分の顔は冷えている。
《神観測ストリーム》
[今日も暇な女神]『答え出てる顔』
[300年ROM専]『逃げないな』




