第32話|覚悟
掲示板の前で、ユウトは思わず足を止めた。
いつもなら目に入るはずの依頼が、見当たらない。
街道巡回。確認のみ。危険度低。
毎日のように残っているその類の紙が、今日は一枚も貼られていなかった。
「……今日は、少ないですね」
隣で掲示板を見上げていたセラが、小さく言う。
「選り好みできる日じゃないな」
張り替えの直後なのか、受注が重なったのかは分からない。
ただ一つ言えるのは、安全寄りの選択肢が消えているという事実だけだった。
残っている依頼は、ひとつ。
危険度:中。
注意喚起あり。
街道北、奥寄り。
昨日までなら、自然と視線を外していた位置だ。
「……ここ、行きますか」
セラの声音は確認だった。
挑戦でも、不安でもない。判断を委ねている。
ユウトは、依頼書から目を離さずに答えた。
「行く」
即答だった。
「ただし条件がある」
指で紙を押さえ、言葉を続ける。
「戦う。だが、倒しきれないと判断したら即引く。
深追いはしない。無理もしない」
セラは一瞬だけ頷きを深くし、迷いなく返した。
「はい」
それで十分だった。
依頼を受け、街を出る。
道は次第に細くなり、行き交う人影も減っていく。
やがて足音は土に吸われ、森の匂いが濃くなった。
森に入った瞬間、《境界観測者》が明確に反応を示した。
弱すぎない。
だが、強烈というほどでもない。
「……なんかいますよね」
「あるな。数は多くない」
剣に手をかけ、歩調を落とす。
視線を広く取り、逃げ道を頭に描いたまま進む。
先に異変に気づいたのは、セラだった。
「――前!」
茂みが揺れ、影が飛び出す。
中型。
武器持ち。
距離、近い。
迷う時間はない。
「先に行く!」
ユウトが踏み込む。
足場を選び、剣を抜きながら間合いに入る。
最初の一撃は、相手の反応より速かった。
金属音が弾け、敵の武器が弾き飛ばされる。
《小回避》。
反撃を紙一重でかわし、懐へ潜り込む。
剣を振る。
肩口から胸にかけて、浅く長い傷が走った。
「……っ!」
相手が怯んだ瞬間、セラが間合いに入る。
「右、脚!」
短い指示。
刃が脚を裂き、動きが明らかに鈍る。
だが、倒れない。
力任せの反撃が来る。
重く、速い。
剣で受け止めた瞬間、腕に衝撃が走り、足が一歩滑った。
「……くっ」
「無理しないで!」
「分かってる!」
押し返し、距離を取る。
呼吸を整えながら、相手を見る。
一体。
だが、耐久が高い。
「……ここで決める」
正面からは行かない。
木を背にさせ、退路を潰す位置へ誘導する。
一歩、半歩、内側へ。
《小回避》。
振り下ろされる武器をかわし、身体をねじる。
剣を振る。
今度は、深かった。
相手の身体が崩れ、地面に倒れる。
すぐには近づかない。
剣を構えたまま、数拍待つ。
動かない。
完全な沈黙。
「……よし」
剣を下ろす。
勝った。
だが、余裕はない。
肩が重く、息が乱れている。
《神観測ストリーム:ON》
[300年ROM専]『がっつりやったな』
[観測者アレス]『判断と火力の両立』
「……追いますか?」
セラが聞く。
「追わない」
即答だった。
「ここが限界だ」
森の奥を見る。
まだ、気配は残っている。
「……戻るぞ」
帰路につく。
足取りは明らかに重いが、止まらない。
「……今日は、ちゃんと戦いましたね」
セラの声は、どこか落ち着いていた。
「ああ」
「でも、引けました」
「それが一番だ」
ギルドで報告する。
「街道北、奥寄りで中型一体を討伐。
周辺に追加反応あり。
深追いせず撤退」
受付は一瞬だけ顔を上げ、すぐに帳簿へ視線を落とした。
「……了解しました。依頼内容、再確認します」
夜。
宿の部屋で装備を外す。
剣の刃には、わずかな欠けが残っている。
疲労はあるが、回復できる範囲だ。
「……今日の判断」
セラが言う。
「間違ってなかったですよね」
「間違ってない」
即答する。
「勝って、戻った」
それが全てだった。
いつもの依頼がなく、
少しだけ危ない依頼を受けた。
戦った。勝った。
だが、少しの不安が心の中にあった。
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