第31話|信頼形成
「今日は、少し奥まで見ますか?」
宿を出るとき、セラがそう言った。
声の調子は落ち着いている。
探るような響きはない。
提案だ。
判断を、こちらに預けている。
「状況次第だ」
即答する。
否定もしない。
約束もしない。
それでいいと、互いに分かっている。
街を出る。
朝の空気は澄んでいて、
人通りも少ない。
商人の準備音を背に、森へ向かう。
森に入ると、《境界観測者》が淡く反応した。
昨日より、ほんの少しだけ近い。
「……反応、ありますね」
セラが言う。
「あるな」
歩幅を落とす。
会話は、それだけで十分だった。
足元を見る。
土の踏み具合。
枝の折れ方。
風の流れ。
どれも、強くはない。
だが、無視できるほど弱くもない。
セラが、先に気づいた。
「……ここ、避けた方がいいですね」
言い切りだった。
理由は言わない。
言わなくても、分かる。
「そうだな」
即答する。
進路を、少しだけ変える。
森の深さは変えず、距離だけを調整する。
迷いはない。
《神観測ストリーム:ON》
[300年ROM専]『会話減ったな』
[観測者アレス]『判断共有できてる』
少し進んだところで、気配が動いた。
重くはない。
だが、確実に“いる”。
数は多くない。
距離も、まだある。
「止まる」
声を落とす。
セラは、即座に足を止めた。
振り向かない。
構えもしない。
視線だけで、左右を確認する。
「……やりますか?」
セラが、小さく聞く。
問いかけだが、
覚悟はもう見える。
「やらない」
即断だった。
「今日も、確認と報告だけだ」
一瞬、セラの視線が揺れる。
だが、すぐに戻る。
「……了解です」
短い返事。
不満はない。
納得がある。
距離を保ったまま、引く。
背中を見せない。
音を立てない。
何も起きない。
それでいい。
帰路。
森を抜け、街道に出る。
張りつめていた空気が、少しだけ緩む。
「……前なら、聞き返してました」
セラが言った。
「何を?」
「どうして戦わないのか、です」
歩きながら続ける。
「今は、分かります」
「何が?」
「今日やることじゃない、って」
言葉は短いが、
考えた跡がある。
「それで十分だ」
少しだけ、口角が上がる。
ギルドで報告を済ませる。
異常なし。
変化なし。
帳簿に書かれて、終わりだ。
外に出る。
昼の街は、相変わらず騒がしい。
人の声。
荷車の音。
「……ユウトさん」
セラが、足を止める。
「前は、正直に言うと」
少し間を置いてから、続けた。
「判断が、怖かったです」
視線を逸らさず、聞く。
「今は?」
「今は……」
言葉を探している。
「任せられます」
短いが、重い言葉だった。
「理由は?」
聞き返す。
「逃げるときも、
ちゃんと一緒に逃げてくれるからです」
それだけだった。
《神観測ストリーム》
[300年ROM専]『これが一番』
[観測者アレス]『信頼形成』
「……それでいい」
答えは、それ以上いらない。
派手な戦闘も、成果もない。
だが――
ユウト・クロセとセラは、
同じ判断基準で動けるようになっていた。
それは、
外からの評価より、ずっと確かなものだった。
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