第29話|視聴数が減らない
朝は、特別な出来事もなく始まった。
宿の階段を降りると、木の床がわずかに軋む。
昨日と同じ音。
昨日と同じ匂い。
顔を洗い、装備を整える。
革紐の締まり具合を確かめ、剣を腰に下げる。
身体の調子も悪くない。
疲れが残っている感じもない。
「今日は、どうします?」
部屋を出るとき、セラがそう聞いてきた。
声の調子も、表情も、いつも通りだ。
「ギルドだな」
短く答えると、セラはそれ以上何も言わず頷いた。
予定は共有されている。
改めて話す必要もない。
街に出る。
朝の通りは静かだ。
店の準備をする音が、ところどころから聞こえてくる。
視線を向けられることもない。
噂話が耳に入ることもない。
昨日と、何も変わらない。
《神観測ストリーム:ON》
視界の端に、いつものUIが浮かぶ。
コメントは、ゆっくりと流れている。
[300年ROM専]『おはよう』
[観測者アレス]『通常運転』
特別な反応はない。
いつも通りだ。
ギルドに入る。
掲示板の前に立ち、依頼書を眺める。
紙の並びも、内容も、見慣れたものばかりだ。
その中に、昨日修正された依頼書がある。
危険度:中(暫定)
赤い印は目立つが、
それ以上の主張はない。
「……反映、早いですね」
セラが言う。
「仕事だからな」
それで十分だ。
依頼書を一枚剥がす。
街道の巡回。
魔物の痕跡確認。
やることは単純だ。
ギルドを出て、街を抜ける。
石畳から土の道へ。
景色がゆっくり変わっていく。
森に入ると、空気が少し冷える。
《境界観測者》は、淡く反応するだけだ。
強くもなく、弱すぎもしない。
危険は遠い。
足元を見て、
風向きを確かめ、
地面に残った痕跡を拾う。
立ち止まって確認し、
必要がなければ進む。
それだけの繰り返しだ。
途中、昨日の戦場の近くを通る。
踏み荒らされた地面。
乾きかけた血の跡。
時間が経てば、いずれ消える。
セラが、ほんの一瞬だけ足を止めた。
「……ここですね」
「ああ」
それ以上、言葉は続かない。
もう終わった場所だ。
戦闘は起きなかった。
想定通りの行程を終え、
そのまま街へ戻る。
ギルドで報告。
「異常なし、ですね」
「はい」
帳簿に書き込まれ、
それで終わりだ。
特別な反応はない。
それでいい。
昼過ぎ。
宿へ戻る途中、通りを歩く。
人の流れも、音も、変わらない。
「……静かですね」
セラが言う。
「平和ってことだ」
それ以上、会話は広がらなかった。
夜。
部屋に戻り、装備を外す。
剣を壁に立てかけ、
ベッドに腰を下ろす。
疲労はあるが、引きずるほどじゃない。
一人になってから、UIを確認する。
同時視聴神数は、昨日より増えていた。
一気に跳ねたわけじゃない。
ただ、確実に増えている。
《神観測ストリーム》
[300年ROM専]『人、増えたな』
[観測者アレス]『良い流れだ』
「……まあ、そういう日もあるか」
小さく呟いて、UIを閉じる。
理由は考えない。
考える必要もない。
明日の依頼を考え、灯りを落とす。
ユウト・クロセは、
何も変わらない一日を終えた。
ただ一つ――
配信だけが、静かに広がっていた。
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