第26話|運だけ疑惑
街の空気が変わった、というほど大げさなものじゃない。
ただ、ほんの少しだけ違った。
昨日までと同じ通り。
同じ店。
同じ人の流れ。
それなのに、歩いていると、ところどころで会話が途切れる。
「……さっきの人、こっち見てました?」
セラが、小さく囁いた。
声を潜めるほどのことじゃない。
それでも、無意識にそうしてしまう程度の違和感。
「気のせいだろ」
そう答えたが、
内心では、完全には否定できなかった。
視線が集まるわけじゃない。
指を差されることもない。
ただ、こちらが通り過ぎたあと、
止まっていた会話が、少し遅れて再開される。
それだけだ。
市場の端を歩いていると、
聞き覚えのある単語が、風に乗って耳に入った。
「……迷宮、下の方まで落ちたらしい」
「運が良かっただけだろ」
声は低い。
誰かに聞かせるつもりもない。
だからこそ、分かる。
「ああ、これ俺の話だな」
名前は出ていない。
でも、内容が一致しすぎている。
《神観測ストリーム:ON》
[今日も暇な女神]『うっすら広がってる』
[観測者アレス]『まだ表層だ』
セラが、少しだけ表情を曇らせる。
「……言われてますね」
「まあな」
それ以上でも、それ以下でもない。
ギルドに入る。
中は、いつも通り騒がしい。
依頼の張り替え。
報告待ちの列。
笑い声と、ため息。
受付も、掲示板も、変わらない。
ただ、一部の冒険者が、
こちらを一瞬見てから、目を逸らす。
露骨じゃない。
でも、意識はされている。
「居心地、少し悪いですね」
「少しな」
それだけだった。
掲示板の前に立つ。
低難度の依頼が並んでいる。
討伐。
採取。
護衛。
どれも地味で、目立たない。
「……運がいいって言われるの、嫌ですか?」
依頼書を見ながら、セラが聞いてきた。
少し考える。
「別に」
本音だった。
「そう思われてるなら、それでいい」
セラは、少し驚いた顔をする。
「いいんですか?」
「説明しても、信じたいものしか信じない」
紙を一枚、指で押さえる。
「だったら、気にしない方が楽だ」
《神観測ストリーム》
[300年ROM専]『噂は背景音』
[戦術屋ヘルメス]『無視が一番』
セラは、しばらく黙り込んだ。
納得したわけじゃない。
ただ、飲み込もうとしている。
「……でも」
「ん?」
「私は、悔しいです」
即答だった。
「分かる」
それだけは、迷わなかった。
「だからって、無茶はしない」
視線を合わせて言う。
「それだけは、絶対だ」
セラは、小さく頷いた。
完全じゃない。
でも、同じ方向は向いている。
ギルドを出る。
背中に、強い視線はない。
ただ、街のどこかで、話題になっている気配がある。
噂は、風みたいなものだ。
止められない。
追いかける意味もない。
ユウト・クロセは、
特別扱いされないまま、
いつも通りの依頼を受けに向かった。
それで、今は十分だった。
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