第24話|神投げ銭合戦
下層の空気は、重かった。
松明の炎が揺れている。
風はない。
それでも、落ち着かない。
《境界観測者》が、視界の端で強く明滅している。
――危険域。
しかも、広い。
セラが剣を構えた。
「数、分かりますか」
「四。回り込もうとしてる」
足音が、壁越しに交差する。
《神観測ストリーム:ON》
[現場猫神カーン]『多い』
[戦術屋ヘルメス]『退路確保』
影が、闇から滲むように現れた。
下層種。
甲殻の硬い、四足魔物。
一体が突進。
セラが受け止め、弾く。
だが――重い。
「っ……!」
「無理すんな!」
その瞬間だった。
視界の右端で、数字が弾けた。
《投げ銭ポイント:+50》
《投げ銭ポイント:+120》
一瞬、意識がそっちに引っ張られる。
また増える。
《+80》
《+200》
コメント欄が加速する。
[課金は文化]『ここ張る!』
[今日も暇な女神]『負けたくない!』
――まずい。
この数字は、強さじゃない。
ステータスは上がらない。
分かっている。
それでも――
視界にあるだけで、判断が遅れる。
敵の動きより先に、
数値が目に入る。
「……邪魔だ」
低く吐き捨てる。
今、回す余裕なんてない。
勝ちに行く場面でもない。
なのに、
数字が割り込んでくる。
《+300》
《+150》
「……見るな」
意識的に、視線を切った。
数値を“見ない”と決める。
「セラ!」
声を張る。
「右の柱まで下がる! 一体だけ引き剥がす!」
「了解!」
判断が、戻る。
音。
距離。
足運び。
一体、釣れた。
「今!」
セラの刃が、関節に入る。
致命傷じゃない。
だが、動きが鈍る。
「離脱!」
一拍で距離を取る。
《神観測ストリーム》
[戦術屋ヘルメス]『冷静』
[300年ROM専]『判断戻した』
背後。
反応。
一瞬、遅れた。
――その刹那。
《一時祝福 発動》
《集中力上昇(短時間)》
頭の中が、静かになる。
数字が消えたわけじゃない。
でも、気にならなくなった。
見えるべきものだけが、見える。
「セラ、伏せろ!」
天井の亀裂。
剣を投げ、石を落とす。
崩落。
進路を塞ぐ。
撃破じゃない。
だが、十分だ。
残りは追ってこない。
走る。
逃げる。
しばらく進んだ先で、二人は壁にもたれた。
荒い呼吸。
沈黙。
やがて、セラが小さく息を吐いた。
「……さっき、一瞬だけ、迷いましたよね」
原因は言わない。
分からないからだ。
「……ああ」
否定しなかった。
「でも、すぐ戻りました」
「それでいい」
それだけで、通じた。
《神観測ストリーム》
[観測者アレス]『酔わなかったな』
[300年ROM専]『誘惑だった』
投げ銭ポイントは、山のように残っている。
だが――
「数字は力じゃない」
小さく呟く。
「判断を狂わせる音だ」
神は盛り上がった。
だが、俺は違う。
その日、ユウト・クロセは、
目の前に見える数字を無視して、迷宮を後にした。
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