第23話|迷宮下層
その日、ギルドを出たところで、セラが立ち止まった。
「……そういえば」
何気ない口調だった。
「迷宮、まだ行ってませんよね」
「避けてる」
即答する。
「ですよね。あの、入口だけ……見に行きませんか?」
「見るだけ?」
「見るだけです」
本当にそれだけ、という顔をしていた。
俺は少し考える。
迷宮。
冒険者なら避けて通れない場所。
でも、下層まで行くつもりはない。
「中層の手前までだぞ」
「はい!」
即答。
条件反射みたいな速さだった。
《神観測ストリーム:ON》
[今日も暇な女神]『お散歩感覚』
[戦術屋ヘルメス]『フラグ』
「変な顔すんな」
セラが小さく笑う。
「なんとなくです」
「なんとなく?」
「はい。
そのうち行くなら、今でもいいかなって」
無茶でも、決意でもない。
ただのタイミング。
「……帰る前提だぞ」
「もちろんです!」
その言葉に、重さはなかった。
だからこそ、引っかからなかった。
「じゃ、入口だけな」
「はい!」
少し弾んだ声。
迷宮の入口は、街の外れにあった。
石造りのアーチ。
奥へ続く、暗い口。
昼間に見れば、ただの遺跡だ。
だが夜になると、空気が変わる。
「……思ったより、静かですね」
セラが声を潜めて言う。
「静かな場所ほど、信用するな」
《神観測ストリーム:ON》
[現場猫神カーン]『フラグ立てんな』
[戦術屋ヘルメス]『入口は安全率高め』
松明に火をつけ、足を踏み入れる。
石畳は湿っており、音が吸われる。
外の世界の気配が、数歩で消えた。
「今日は下層まで行かない」
俺は先に釘を刺す。
「中層の手前で引き返す。様子見だ」
「了解です」
セラは即答した。
この即応性が、ありがたい。
通路を進む。
魔物は出ない。
だが、《境界観測者》が、淡く警告を出し続けている。
――ここは、安全じゃない。
「……ユウトさん」
セラが、小さく呼ぶ。
「音、聞こえますか?」
耳を澄ます。
遠くで、何かが擦れる音。
足音とも、爪の音ともつかない。
[神界新人ミコト]『こわ』
[300年ROM専]『気味悪すぎる』
「引き返す」
即決だった。
だが、その瞬間。
足元の石畳が、沈んだ。
「――っ!」
罠。
床が崩れ、二人の身体が落ちる。
セラが叫ぶ。
俺は反射的に腕を伸ばした。
掴めない。
落下。
暗転。
――次に意識が戻った時。
冷たい石の感触が背中にあった。
「……生きてる?」
声が掠れる。
「……はい」
セラの返事が、少し離れた場所から聞こえた。
「ここ……」
松明を点ける。
視界に映ったのは、広い空間。
天井は高く、壁には見慣れない紋様。
空気が、重い。
《境界観測者》が、これまでにない強さで反応する。
――完全に、下層。
[観測者アレス]『想定外だな』
[戦術屋ヘルメス]『撤退最優先』
「……罠で落とされた」
「戻れますか?」
セラが問う。
俺は周囲を見る。
来た道は、完全に塞がっている。
「無理だな」
正直に言う。
「出口を探すしかない」
セラは、一瞬だけ唇を噛んだ。
だが、すぐに剣を握り直す。
「……やりましょう」
それだけだった。
魔物の気配。
複数。
遠くない。
「戦うのは、最低限だ」
「はい」
神のコメントが流れる。
[煽り好きバアル]『盛り上がってきた』
[現場猫神カーン]『やばい』
「煽るな」
低く言い捨てる。
ここは、遊び場じゃない。
配信のための舞台でもない。
生きて帰るための場所だ。
「行くぞ」
松明を掲げ、前へ進む。
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