第2話|神との対話
暗かった。
目を開いているのか、閉じているのかも分からない。
上下も左右もなく、自分の身体が存在しているかどうかすら曖昧だった。
「……」
声を出そうとして、やめる。
出せないわけじゃない。
ただ、ここには“音”という概念そのものが存在していない気がした。
静寂。
いや、違う。
これは静かなんじゃない。
何もない。
闇ですらない、完全な空白だった。
「……ああ」
妙に冷静な思考だけが浮かぶ。
「死んだな、これ」
痛みはない。
苦しさも、恐怖もない。
配信を終えたあと、椅子にもたれたときのような感覚。
張りつめていた何かが、すとんと抜け落ちている。
――次、どうなるんだろう。
そう思った瞬間だった。
視界の中央に、淡い光が灯る。
《接続中》
「……は?」
一拍遅れて、文字が切り替わった。
《神界回線 確認完了》
《対話モード 起動》
「待て待て待て」
神界?
回線?
どう考えても、死後に出てくる単語じゃない。
直後、どこからともなく声が響いた。
『あー、聞こえる?』
距離感のない声だった。
頭の内側に直接届くような、不思議な感覚。
「……誰だ」
『神』
「即答すぎだろ」
思わずツッコんでいた。
少しの沈黙。
『その反応、だいたい合ってる』
「合ってるのかよ」
『安心して。君はいま、異世界転生の待機状態』
「……異世界、転生?」
『そう。いわゆるテンプレ』
軽すぎる口調に、現実味が追いつかない。
『君の肉体は完全に死亡した。元の世界には戻れない』
「そこは即断なんだな」
『うん』
一切のためらいもなかった。
『これから君は、別の世界で第二の人生を送る』
「理由は?」
『暇つぶし』
「は?」
『正確には、観測対象として面白そうだったから』
……神ってそんな理由で人を転生させるのか。
『君、配信者だったでしょ』
「今も現役だが」
『見られることに慣れている人間は珍しい』
「嫌な評価だな」
『褒めてる』
そう言って、神は淡々と説明を始めた。
『まず世界の話』
剣と魔法のファンタジー世界。
複数の国家、魔族、魔王が存在する。
言語は自動翻訳。
文明水準は中世相当。
「王道だな」
『王道が一番トラブル少ない』
妙に納得できた。
『肉体は現地仕様で再構成される。年齢は死亡時と同じ』
「若返りとかは?」
『ない』
即答。
「夢がねえな……」
『その代わり健康体』
それだけで十分だった。
『次、スキルの説明』
新しい表示が浮かぶ。
固有スキル
《神観測ストリーム》
『君の視界・行動・音声を、神界に配信するスキルだ』
「……配信?」
『そのままの意味』
嫌な予感がした。
『ただし重要な制限がある』
少しだけ、声色が変わる。
『僕らは、個人を見続けることはできない』
「……は?」
『世界は広すぎる』
『だから観測できるのは、君がこのスキルを起動している間だけ』
「じゃあ、OFFにしたら?」
『完全に見失う、ただの異世界人だ』
はっきりと言われた。
『君がどこで何をしているか、僕らには分からない』
『コメントも投げ銭も、当然届かない』
「……それでいいのか?」
『いい』
『観測は義務じゃない。娯楽だから』
妙に納得のいく言葉だった。
『次』
別の表示が現れる。
固有スキル
《神投擲ガチャ》
『神からの投げ銭を消費して実行できる』
「投げ銭!?」
『干渉エネルギーって言うと長いから』
「神の力を略すな」
『排出はスキル、称号、一時的な祝福とかかな』
「そこは良心あるんだな」
『結果操作は不可。神でもね』
少しだけ真面目な声になる。
『僕らは、あくまで視聴者だ』
「……助けてはくれない?」
『致命的な介入は禁止』
「見て楽しむだけ?」
『そう。最後まで』
背筋が、ひやりとした。
だが同時に、ひどく見覚えのある感覚でもあった。
――視聴者。
『だから君が生きるか死ぬかは、君次第』
『配信するかどうかも、君の自由』
『見せるか、見せないか』
『選ぶのは、配信者だ』
最後の表示が浮かび上がる。
《転生準備 完了》
『じゃ、そろそろ行こうか』
「心の準備が――」
『無理』
即答だった。
白い光が視界を満たす。
意識が引き上げられる感覚。
最後に、神の声が聞こえた。
『異世界でも、いい配信を』
「……言ってろ」
光が弾け、世界が切り替わった。
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