第15話|コメント口喧嘩
街の通りが、少し騒がしくなってきた。
朝の配信を始めてから、まだ半日も経っていない。
太陽は高く、影は短いままだ。
《神観測ストリーム:ON》
視界の端で、コメント欄が止まる気配を見せなかった。
[戦術屋ヘルメス]『武器屋』
[考察厨オルフェウス]『防具優先』
[現場猫神カーン]『金足りない』
「全員同時に言うな」
歩きながら言うと、すぐ別の声が割り込む。
[煽り好きバアル]『細けぇ!』
[今日も暇な女神]『まあまあ』
[神界新人ミコト]『どっち行くんですか?』
「……ほら」
昨日より人は増えたが、秩序は減っている。
賑やかと騒音の境界線。
今は、完全に後者だった。
装備屋の前で足を止める。
「とりあえず、覗くだけな」
その一言が、引き金だった。
[戦術屋ヘルメス]『短剣』
[考察厨オルフェウス]『いや剣種相性が——』
[戦術屋ヘルメス]『長い』
[考察厨オルフェウス]『説明が必要だ』
「もう始まってるな……」
文字が重なり、視界を埋めていく。
助言。
反論。
否定。
いつの間にか、話題は装備から人格へとずれていた。
[戦術屋ヘルメス]『だから言ってる』
[考察厨オルフェウス]『理解不足だ』
心臓が、嫌な速さで脈打つ。
――これ、戦闘中なら死んでる。
情報が多すぎる。
判断が、遅れる。
「一回、配信を止める」
その声は、意外なほど静かだった。
だが。
[煽り好きバアル]『逃げんなよ』
ぴたりと足が止まる。
「……逃げじゃない」
ゆっくり息を吸い、吐く。
「今のは、邪魔だ」
コメント欄がざわついた。
[今日も暇な女神]『あ』
[神界新人ミコト]『空気変わった』
「意見が割れるのはいい」
視線は前を向いたまま。
「でも、今のは“俺の判断”を奪ってる」
一拍。
「誰が正しいかじゃない。
ここで決めるのは――俺だ」
沈黙。
ほんの数秒だが、やけに長い。
[観測者アレス]『……その通りだ』
[300年ROM専]『視聴者は責任を取らない』
胸の奥に、冷えていたものがほどけた。
「助言は歓迎する」
続ける。
「でも、喧嘩は聞かない。
神同士で殴り合うなら、配信外でやれ」
[煽り好きバアル]『……悪かった』
思いがけない謝罪だった。
「次やったら、即ミュートする」
即座に反応が返る。
[課金は文化]『配信者の顔してきた』
[今日も暇な女神]『線引き大事』
俺は苦笑した。
「命かけてんだ。
空気悪くして死にたくない」
それだけだ。
装備屋の扉を開ける。
金属の匂いと、静けさ。
「改めて聞く」
棚を見ながら言う。
「今の俺に必要なの、どれだ?」
少しの間。
それから、短い言葉だけが流れた。
[戦術屋ヘルメス]『軽』
[考察厨オルフェウス]『耐』
[現場猫神カーン]『生存』
三つとも、同じ方向を向いている。
「……よし」
俺はうなずいた。
「その意見だけ、もらう」
線は引いた。
だが、切ったわけじゃない。
配信はまだ続いている。
見られることは力じゃない。
判断を手放さない覚悟こそが、
この世界の配信者が生き延びるための武器だった。
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