第13話|配信ルール構築
朝の街は、思ったよりうるさかった。
人の声、荷車の軋む音、鍛冶場から響く金属音。
窓越しに流れ込む生活の気配が、否応なく現実を突きつけてくる。
事故死から数えて、もう四日。
神回の翌日が、昨日。
そして今日は――何事もない朝だった。
「……こっちに来て、もう四日か」
ベッドから身を起こし、軽く肩を回す。
全身に残る鈍い痛みは、まだ完全には抜けていない。
それでも、致命的な傷がないのは幸運だった。
小回避が、確かに命を拾っている。
視界の端を意識する。
《神観測ストリーム:ON》
すでにコメントは流れていた。
[初見の神]『おは』
[観測者アレス]『体調どうだ』
[300年ROM専]『生存確認』
「朝一で生存確認される配信、初めてだわ」
軽く笑いながら、宿の部屋を見回す。
質素だが清潔な一室。
昨夜、冒険者ギルドが用意してくれたものらしい。
ありがたい話だ。
……ただし。
コメント欄の様子は、昨日までと明らかに違っていた。
流れる速度が速すぎる。
一文を読み切る前に、次の文字が押し流される。
[戦術屋ヘルメス]『右』
[煽り好きバアル]『突っ込め!』
[考察厨オルフェウス]『いや左が安全圏だ』
[神界新人ミコト]『ゴブリンリーダーまた見たい』
「ちょっと待て待て」
額を押さえた。
「……多すぎる」
[初見の神]『人増えたからな』
[観測者アレス]『昨日で跳ねた』
同時視聴神数を確認する。
五桁。
「……聞いてねえ」
神回の余波は、想像以上だった。
だが、このままでは危険だ。
コメントが多いことと、助けになることは別。
情報は、過ぎればノイズになる。
実戦でこれをやれば、判断が遅れ、確実に死ぬ。
「……一回、整理する」
そう言うと、コメントの流速がわずかに落ちた。
神たちが、こちらの言葉を待っている。
「配信続けるなら、ルールを決める」
[観測者アレス]『ほう』
[300年ROM専]『自治宣言』
俺は指を一本立てた。
「まず一つ。戦闘中の指示は短く――『右』『後ろ』『離脱』みたいに三文字以内な」
ざわつくコメント欄。
「理由説明はいらない。読む時間がない」
[初見の神]『了解』
[課金は文化]『三文字縛り草』
「二つ目。命令口調は無視する――『突っ込め』『行け』みたいなのな。判断は俺がやる」
少しだけ、間を置いた。
「……三つ目」
視線をコメント欄へ向ける。
「俺が“拾う”って言ったとき以外、全部参考止まり」
一瞬、沈黙が落ちた。
[観測者アレス]『妥当』
[300年ROM専]『命預けるわけじゃない』
胸の奥が、少しだけ軽くなる。
配信者としての経験が、ようやく噛み合った。
全員の声を聞こうとした配信者は、潰れる。
それは前世で嫌というほど学んだ。
「最後に」
息を吸う。
「煽りと喧嘩が始まったら、配信は切る」
コメントが止まった。
[初見の神]『マジか』
[今日も暇な女神]『厳し』
「俺は、命かけてやってる」
声が自然と低くなる。
「盛り上がるのは歓迎だ。でも、命の判断を荒らされるのは無理だ」
数秒の沈黙。
やがて、ゆっくりと文字が流れ始めた。
[観測者アレス]『了解』
[300年ROM専]『筋通ってる』
納得した、というより理解した空気だった。
俺は小さく息を吐く。
「……よし」
ベッドから立ち上がり、窓の外を見る。
いつもの街並み。
行き交う人々。
だが、昨日までとは少し違って見えた。
ここから先は――
ただ生きるだけじゃ足りない。
見られながら、
判断し続けなければならない。
「配信、続行で」
その一言に、コメントが流れる。
[神界新人ミコト]『了解!』
[300年ROM専]『続行』
[課金は文化]『今日も見る』
静かに、だが確かに。
配信者・ユウトは、
異世界で生きる覚悟を固めた。
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