第11話|初神回
衛兵の詰所は、街道沿いにぽつんと建っていた。
木柵と焚き火だけの簡素な施設だが、
鎧姿の人間が数人いるだけで、世界の危険度が一段下がった気がする。
「助かった……」
息を整えながら、俺はその場に腰を下ろした。
ゴブリン二体の死体は、衛兵たちが手早く処理している。
「新人でこれは災難だったな」
そう言われ、曖昧に笑うしかなかった。
[観測者アレス]『ここ完全安全』
[初見の神]『セーフティゾーン』
「その言い方やめろ」
衛兵のひとりが、街の方角を指差す。
「城壁はもう見えているだろ。
ここから先は街の管轄だ。魔物は出ない」
確かに、夜の向こうに灯りが見える。
人の住む場所の光。
それだけで、全身の緊張が抜けた。
「今日はもう帰って休め」
その言葉に、思わずうなずいた。
――終わった。
初クエストは無事終了。
そう、思っていた。
詰所を離れ、街へ向かう一本道を歩き出す。
石畳は続いている。
街灯も等間隔に立っている。
風に混じって、人の声が聞こえた。
「……もう大丈夫だな」
[初見の神]『完全帰還ムード』
[観測者アレス]『今日は終わりだな』
俺も、そう思っていた。
だからこそ。
足を止めた理由が、自分でも分からなかった。
「……ん?」
街灯の下に、黒い染みがある。
近づいて気づいた。
血だ。
それも、新しい。
「……おい、なんだよこれ」
[観測者アレス]『あ』
[初見の神]『なんかくるかも』
地面には、引きずった痕跡だけが残っている。
草原の方角へ、一直線に。
背筋が冷えた。
「まさか……」
ドン。
遠くで、地面が鳴った。
ドン、ドン、と規則正しい振動。
草が揺れ、闇が割れる。
現れたのは、異様に大きなゴブリンだった。
肩に骨の鎧。
手には錆びた大斧。
ゴブリンリーダー。
本能的に理解する。
――格が違う。
「……聞いてねえぞ、こんなの」
[初見の神]『巡回個体だ』
[観測者アレス]『夜だけ出るやつ』
街はすぐそこだ。
だが、ここはまだ“外”。
人の光と、魔物の縄張りの境界線。
逃げ切れる距離じゃない。
リーダーが吠えた。
その瞬間、視界が爆発した。
コメントが一気に流れ出す。
同時視聴神数:2,341
「……増えすぎだろ!」
[初見の神]『神回検知』
[観測者アレス]『通知行った』
理解する暇はない。
リーダーが突進する。
速い。
巨体に似合わぬ速度で、距離が一気に詰まる。
大斧が横薙ぎに振られた。
「っ……!」
避ける――間に合わない。
【小回避】発動。
刃が頬の数センチ先を通過する。
風圧だけで身体が持っていかれそうになる。
「……冗談だろ」
一撃即死。
それが分かる重さだった。
距離を取る。
だが、リーダーは追ってくる。
[初見の神]『右!』
[観測者アレス]『振り下ろし来る!』
不思議と、コメントが頭に入る。
配信中特有の集中状態。
前世で何度も味わった――ゾーン。
「今だ!」
地面を蹴る。
大斧が叩きつけられ、石畳が砕ける。
《投げ銭ポイント:+10》
《投げ銭ポイント:+20》
数字が跳ねる。
力にはならない。
それでも、熱量だけは伝わってくる。
同時視聴神数:5,842
「増えてる!!」
斧が唸る。
避けきれない。
【小回避】が発動するが、完全じゃない。
衝撃が肩を打つ。
「ぐっ……!」
地面を転がり、息が詰まる。
視界が白くなる。
立ち上がれない。
――終わりか。
その瞬間、コメントが埋め尽くした。
[観測者アレス]『まだいける』
[300年ROM専]『立て』
[今日も暇な女神]『ここだ』
《投げ銭ポイント:+50》
《投げ銭ポイント:+100》
数字が踊る。
意味はない。
それでも。
「……見てるんだな」
待たれている。
だから、立ち上がった。
瓦礫を掴み、斧の柄へ投げつける。
直撃。
一瞬の隙。
「今しかねえ!」
懐に飛び込み、喉元へ石を突き立てた。
咆哮。
巨体が、ゆっくりと崩れ落ちる。
静寂。
……終わった。
しばらくして、ようやく呼吸を思い出した。
同時視聴神数:12,487
コメントが嵐のように流れる。
[観測者アレス]『神回』
[300年ROM専]『これは反則級』
俺は夜空を見上げ、呟いた。
「……もう着いてたと思ったんだけどな」
街の灯りは、もうすぐそこにある。
それでも、今日学んだ。
この世界には――
“完全な安全圏”なんて存在しない。
異世界でも。
見られて戦う限り。
配信は、終わらない。
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