第1話|明日の配信、なにしよっかなぁ
「――じゃ、今日はこの辺で」
スマホの画面に向かって、軽く手を振る。
「来てくれてありがとな。
また明日、いつもの時間で」
【おつ】
【今日よかった】
【無理すんなよ】
【また明日な】
コメントが流れていく。
派手な盛り上がりはない。
バズりもしなかった。
けれど、荒れもせず、空気も重くならず、
配信者としては“悪くない日”だった。
画面右下の赤いボタンをタップする。
――配信終了。
短い効果音とともに、スマホの画面が暗転した。
イヤホンを外すと、夜の音が一気に戻ってくる。
遠くを走る車の音。
信号機の電子音。
コンビニの前で笑う若者の声。
「……ふぅ」
思わず息が漏れた。
黒瀬悠斗、二十二歳。
配信名は KuroLive。
登録者数は百二十万人。
全盛期は二百三十万人いた。
切り抜きの炎上。
発言の切り取り。
意図しない拡散。
それだけで、数字は一気に落ちた。
一度離れた視聴者は、簡単には戻らない。
それでも――
配信をやめる気はなかった。
見てくれる人が、まだいる。
それだけで十分だった。
歩道橋の階段を降りながら、スマホをポケットにしまう。
今日の内容を、頭の中で自然と反省していた。
あの返しは少し固かったか。
沈黙、長くなりすぎたか。
話題の切り替え、もう少し早くてもよかったか。
八年も配信をやっていると、
配信を終えたあと勝手に“振り返り配信”が始まる。
職業病みたいなものだ。
横断歩道の前で足を止める。
信号は赤。
夜風が少し冷たい。
街灯の下、ガラスに映った自分の顔を見る。
疲れてはいるが、悪くない表情だった。
「……明日はどうすっかな」
誰に聞かせるでもなく、独り言が零れた。
雑談枠を続けるか。
久々にゲーム枠に戻すか。
最近は数字も落ち着いている。
無理に企画を打つより、自然体の方がいい気もする。
信号が青に変わる。
歩き出しながら、スマホを取り出す。
メモアプリを開き、いつもの欄を見る。
【配信ネタ候補】
・雑談
・近況
・最近の炎上話は触れない
・ゲーム(検討)
画面をスクロールしながら、頭の中でサムネを思い浮かべた。
タイトル文字。
開始の挨拶。
最初に投げる一言。
何千回も繰り返してきた、日常の思考。
「……明日の配信、なにしよっかなぁ」
その瞬間だった。
視界の端で、白い光が膨れ上がった。
クラクション。
急ブレーキの音。
理解するより先に、衝撃が来た。
身体が浮く。
世界が横に回転する。
アスファルトが迫り、
夜空が歪み、
音が一気に遠ざかっていく。
痛みは、なかった。
ただ、身体が自分のものじゃなくなる感覚だけがあった。
――あ。
これ、配信しときゃよかった。
そんな、どうでもいい考えが最後に浮かぶ。
スマホが指先から離れ、
夜の街に転がっていくのが見えた。
意識が薄れていく。
暗闇が、静かに降りてくる。
最後に思い出したのは、
未完成の配信タイトルだった。
そして。
世界は、完全に途切れた。
ここまで読んでいただきありがとうございます!
面白いと思っていただけたら、
★評価・感想・ブックマークで応援してもらえると励みになります。
次回もよろしくお願いします!




