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世界を救ったお姫様のお話

作者: 絹ごし春雨
掲載日:2025/12/30

 私の使命は、勇者を愛し、勇者を殺すこと。


今日も彼は、何も知らず笑っている。


私はカトリーヌ。由緒正しき王国の姫だ。胸には短剣。これが王国の鍵を握る。


「カトリーヌ」


勇者エヴァンが、こちらを見て手を振った。


まだ幼さの少し残る精悍な顔。

普通の村で生きてきた、善良な少年。


「勇者様、おかえりなさいませ」


はにかむように笑う彼が好きだ。

どこか子犬のような可愛さがある。

身体は大きいが。


「花を摘んできたんだ。花畑があって、綺麗だったから。……でもお姫様には地味だったかな」


しゅんとなって頭を掻く彼から、花束を受け取った。お日さまの匂いがする。

温かい。


「いえ、ありがとうございます」


この日が、続けばいいのに。




 勇者さまの部屋で、水差しが割れた。


壁に叩きつけられた跡。

彼は、呆然としていたらしい。


カウントダウンが、進んだ。



勇者を愛しなさい。それが崩壊を留めるのです。世界が救われるまで、留めて置くのが、あなたの指名です。





「勇者様、お茶にしませんか?」


私は木のカップを持って微笑んだ。


彼に馴染みがあるだろう素朴なカップ。


私も使うのに慣れてきた。


お茶菓子はメイドに焼いてもらった。彼は、手作り感があった方が、美味しそうに食べるから。


ほろほろとクッキーが溶けていく。

私の心も咀嚼されていく。


「美味しいですね」


彼が笑った。





 彼が訓練人形相手に剣を振っている。初めは、軽く。


いつものように眺めていた私は、見てしまった。


彼が振り下ろす。振り下ろす。振り下ろす。


ザスッ、ザスッ、ザスッ、ザスッ、ザスッ、ザスッ、ザスッ、ザスッ。


滅多刺しだ。彼は取り憑かれたように剣を振っている。


「勇者様!」


彼の首がぐりんとこちらを捉えた。


爛々とした目、半開きの口。


「……ひっ」


彼はぱちぱちとまばたきをした。


「どうしたの? カトリーヌ」


ふわっとした笑顔。

私は泣いた。


違和感を悟らせてはいけません。

あなたが、殺すのです。


「カトリーヌ、もうすぐ魔王を倒せるよ」


不意に勇者が言った。


「王国に必ず希望を戻してみせる。待ってて」


私は、突き落とされた。





 夜。


彼はもう寝ているだろうか。


私は窓辺で短剣を抜いた。

月明かりに照らされたそれは、冷たく美しかった。


ずしり、とした重み。


「……こんなに、重かったかしら」



愛しなさい。

殺しなさい。


言い聞かされた言葉が浮かんでは消える。


「愛してる。……だから彼を……」


言葉は震えて形にならなかった。

彼は災厄になろうとしている。


あんなに、優しいのに。


一粒涙がこぼれた。


私は短剣を布に包んだ。





「おはよう、カトリーヌ」


彼は微笑んだ。

いつもの温かい空気に涙が出そうになる。私はぐっと奥歯を噛んだ。


「おはようございます。勇者様」


勤めて穏やかに。

けれど。


「魔王の場所がわかったんだ。行ってくるよ」


彼が言うから。カトラリーが落ちた。


カラン、カラン。


「そう……ですか。……お気をつけて」


どんな顔をしたらいい?

思わず頬に手を当てた。


「カトリーヌ? 怖い夢でも見た?」


そう言うから。


「……ええ。そうなんです」


彼の袖をそっと引いた。


彼の胸は温かくて、私は泣いた。





 私は城で知らせを待っている。

世界に希望が戻る時、私の絶望は始まる。


涙が止まらない。


魔王は混沌だ。

汚染された勇者は、いずれ狂う。

もう兆候は出ている。



止まれないのだ。


私に出来ることは、なんでもない顔をすること。


なんでもない顔で、

また明日と笑って、

彼を、

殺すのだ。




「カトリーヌ」


彼は、穏やかに笑っていた。

魔物の血に染まって。


私は、初めて、もう戻れないと、わかった。


「……勇者様」


彼が首を傾げる。


カラン、と剣が地に落ちた。


「魔王討伐、立派でした。よく……ご無事で」


彼は血みどろのまま、無邪気な顔をしている。


「世界は救われたの?」


「……ええ」


彼のすぐそばに立つ。


「抱きしめてもらってもいいですか」


いいよ、と彼が腕を広げる。


私は短剣を抜き彼の胸を貫いた。


彼の腕が私を抱きしめる。

こんな時なのに、優しくて、力の抜けていく大きな手が、私の頭を撫でていった。


「……ごめんな」


それが最後の言葉で、私は、崩れ落ちた。





 昔、昔、街外れの塔には、世界を救ったお姫様が住んでいたそうな。


大層な美人だったのに、独身だったんだって。

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