来客①
私の部屋がある平屋から増築した洋館の来客を迎えるための部屋のドア前までやってきた。
心の準備を整え、軽くノックを三回して「光です」とドア越しに名乗る。「どうぞ」と父様の声が聞こえたので、私は「失礼します」と言って部屋の中へ入る。
父様と机を挟んで向かいの椅子に腰かけている男性に目をやる。
金色のサラサラな髪に空のように澄んだ瞳。誰もが街で彼を見変えたら見つめてしまうだろうなと思うほどの美青年だった。噂に聞く、性格に少々難があるお方なのだろうかと疑問が浮かぶほど、優しそうなオーラを纏っているので私は幸助様をじっと見つめていると、父様がゴホンと咳ばらいをする。
私は慌てて、「お初御目にかかります。烏丸光と申します。この度はご足労いただき誠にありがとうございます」と頭を下げる。
「あぁ、そういう形式ばった挨拶はよしてくれ。これから僕たちは夫婦となるというのに」
彼は優しく微笑む。
「さて、幸助君。何用で家へ突然……?」
父様が幸助様の顔色をうかがいながら尋ねる。
「何用? ……用がなければ立ち寄ってはいけないというのかね?」
「い、いいえ……! そんなことは全く!」
「では、おかしな質問はよしてくれないか。おかしな会話をするのは苦手でね」
父様の顔色がどんどん悪くなっていく。
幸助様は公爵家で私たち烏丸家は没落した子爵家。幸助様はまだ西園寺家の現当主ではないが、いずれ西園寺家の当主となられるお方。いくら父様の方が歳とは言え、下手なことを口走れば烏丸家の立場が怪しくなる。父様はそれを恐れているのだと思った。
「あ、あの……! 幸助様は私をお見掛けしたことがあると聞き及んでおりますが、それは一体いつの頃でしょう?」
父様と幸助様がこれ以上会話を続ければ、父様の胃が持たないと思いは私は思い切って質問を幸助様に投げかける。
「あれはたしか……一か月ほど前だったかな。街に出歩いていた際、君とそのご友人二人で歩いている姿をみかけてね。あの時は驚いたよ。烏のような黒くて艶のある長い髪に、ザクロのような瞳……僕が思い描いていた理想の女性像と全く同じ人が目の前に現れたんだ。だから、僕は君に結婚を申し込んだんだ」
恥ずかしげもなく、自慢するかのように語った。
聞いているこちらが恥ずかしくなるようなかゆい言葉がよくポンポンと出てくるものだと思いながらも、「そのように褒めていただけるなんて、嬉しい限りです」と口先ばかりの感謝を述べる。
「ということは僕との結婚も前向きだという解釈でよいかな?」
「え?」
思わず驚きが声に出てしまった。
「え? とはどういうことかね? 貴君は僕との結婚を心よく思っていないというわけかな?」
優しい空気を纏っていた彼が突然空気をぴりつかせ、鋭い目つきで私を睨む。怖い。ここで私が首を振れば彼の逆鱗に触れるのは確かだ。父様もこの状況をどうにかしようと幸助様に弁明しようと声をかけるが、
「貴君は黙ってい給え。これは僕と彼女の問題だ。部外者は口を慎め」と父様を黙らせてしまった。
「も……申し訳、ございません……私は否定したのではなく、初めて会ったばかりの方に結婚を申し込まれたのは初めてでございますので、少々動揺してしまい……」
幸助様の指がトントンとなる。
「……なるほど。貴君は僕について知らなぬから結婚することにたいして躊躇っていると」
ぎこちなく私は頷いた。
幸助様の指が止まる。
「では、こうしよう。本来君と会うはずだった日に西園寺家へ招待し食事をしよう。まだ僕のことを知りたいと思うのであれば時間を設ける。これで君は僕のことを知ることができるだろう?」
……つまり、私が満足いくまで幸助様とお会いして私の気が済めば結婚しようということだ。私に結婚しないという拒否権は存在しない。
「……ありがとうございます。私のためにお時間を取ってくださり……」
「いや、当然のことをしたまでさ。確かに、君が言う通り僕も君のことを何も知らないからね。丁度良い機会だと思ってね」
「よ、良かったじゃないか光」
父様の額に汗がじんわりと浮かび、目が泳いでいる。
私は「はい」と嬉しくなさそうに答えた。
幸助様は自分の計画通りに事が進んでいるからか、鼻を鳴らしながら嬉しそうに私を見ている。先ほど見せたあの氷柱のように鋭い目つきは消え去り、私とこの部屋で対面した時の優しい顔、雰囲気へと変わっていた。
私はこの方がとても恐ろしく感じた。このまま私が幸助様と結婚すれば、毎日彼の様子を伺いながら脅えて生活する姿が目に浮かぶので、この考えが彼にバレないようなるべく結婚を先延ばしにしなければと心の中で決めた。
「僕はこれで失礼しよう」
「あ、お見送りします……!」
私は部屋を出ようとした幸助様の後を追って、一定の距離を保ちながら家の前まで出て彼を見送った。
家の前には最近貴族の間で流行っているお洒落な車が止まっており、西園寺家に仕えているであろう人が幸助様を迎え、車に乗せた後、使用人は運転席に乗り、西園寺家へと帰っていった。
車が見えなくなったのを確認すると、突然足の力が抜けその場で倒れ込んでしまった。
後ろからずっと私の様子を心配して部屋の陰から見守っていた茜がお屋敷から飛び出し、「光姉様!」と私を包み込んだ。
「姉様、大丈夫⁉」
「大丈夫だから……そんな顔しないで」
茜の目には今にも涙が零れ落ちそうになっており、それほど私の心配をしているのだと思うとなんだか申し訳なく感じてしまった。
「光? どうしたんだ⁉ そんなところで倒れ込んで何かあったのか⁉」
丁度お仕事を終えた暁斗兄様が驚いた顔で私たちを見た。
「ううん。なんでもないから……兄様は心配しないで」
「心配しない兄がどこにいるというのだ⁉ 光を泣かせた奴は即刻叩ききってやる!」
軍刀に手をかけ、今にも抜刀しそうな兄様を茜が兄様の頭に手刀を入れ、「落ち着て! 暁斗兄様!」と兄様を叱った。
兄様はこの家で一番賢い茜には強く出られないので、小さくなり茜に「でも……」と弱弱しく反論しようとしたが「でもじゃないでしょ! 光姉様も立って? じゃないと他の人に見られちゃうよ?」と茜から手を差し伸べる。私は茜の手を取り、三人でお屋敷の中へと入る。
とりあえず、三人で話をしようと茜の部屋に入り兄様に事情を説明する。
兄様はお仕事が忙しくあまりお屋敷には帰って来れないことが多い。だから、西園寺家へ嫁ぐことも今初めて知ったようで、兄様は私を見て申し訳なさそうに俯いた。
「すまない……光。家と私のためにあの西園寺家へ嫁がせてしまうことになって……」
兄様の所にも西園寺家の悪評は流れているらしい。
「兄様が謝ることではないので……それにこれは私が決めた事だから……」
「光姉様が決めた事って……あれはほぼ強制だったじゃない」
茜は私のフォローに入るが、そんなことはないと首を横に振った。
「母様と父様は光の結婚に了承しているのか?」
母様たちは恋愛結婚をして欲しいと言っていたのに。と小さな声で兄様は呟く。
茜は黙り込んでしまった。恋愛結婚をして欲しいと母様たちが私たちに小さなころから言っていた言葉。家が決めた結婚よりも、本人が恋愛をして自由に結婚できた方が幸せにされると母様たちは考えていた。でも、私たちの生活が私と西園寺家の結婚に大きく関わってくるとなると話は別だ。今の生活が保てなくなるそれは貴族としてのプライドに傷がついてしまう。私の結婚に母様たちが了承しているというよりは、了承せざるを得ないというのが正しいのだ。
「……もう、この話は止めにしませんか?」
私が静まり返った部屋に一石を投じる。
二人はギョッと私の方を見たが、段々と視線が落ち小さく頷いた。
「そうだね……折角、暁斗兄様が帰って来たんだし……こんな話は止めて兄様の土産話を聞こうよ!」
茜はパンと手を叩いて、空気をガラリと変える。
私たちは「そうだね」と言い、兄様がまだ母様たちに挨拶をしていないと母様たちのいる部屋へ向かう。
私たちも兄様の後に続いて、家族みんなで兄様の面白いお話を聞くために廊下を歩く。




