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烏は狐に恋をする  作者: 鶴薗こはる


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幼き日の夢と知らぬ縁談

 はじめまして、鶴薗こはると申します。

普段は二次小説ばかり書いているのですが、オリジナル小説を書いてみたいと思い書いてみることにしました。いつも、話を完結させず中途半端に放置する癖がありますが、今回は投げ出さず完結させたいと思っております。二次小説ではやや暗めの話になりがちですが、この作品はなんとしてでもハッピーエンドにさせてみせます。

オリジナル小説を書く機会が少ないので、至らない点が多々あるかもしれませんが、誰かの心に残る作品となれば幸いです。


 母様かあさまの大きく温かい手を私は小さな手でぎゅっと掴み、硬く踏みしめられた土の道を歩く。母様と二人で街へ買い物に行き、私たちの屋敷へ戻る最中だ。

街で母様が買ってくれた私の瞳と同じ紅色の髪飾りを揺らし、右手に棒付き飴を持った私は母様を見上げる。

「母様この髪飾り大切にするね」

 母様はにっこりと微笑み頷いた。

ひかるお屋敷まではまだ距離があります。それまでお腹が空いたと言って、ぐずってはなりませんよ?」

「はい母様!」

 私は元気よく母様に言うと、母様はよろしいと言って私の髪を撫でた。

 母様に撫でられ上機嫌になった私は手と足を大きく振って元気よく歩いていると、どこからか人の泣き声が聞こえた。小さく、か弱い男の子の声だ。私は母様の手を握っている手に力を入れ、足を止める。母様は突然止まってしまった私に異変を感じて、「どうしましたか?」と私を不思議そうに見つめる。

「……声が、男の子の泣き声が聞こえませんか?」

 母様は耳を澄ませて、当たりを見渡す。

母様はしばらく首を右へ左へと動かしていたが、首はピタリと草むらの方へ止まる。私はそこに泣いている子がいるのだと、母様と繋いでいた手を放し、有り余る体力で草むらへと走った。私の身長と同じくらいの草をかきわけると、そこには背を丸め小さくなっている薄汚れた男の子が寂しそうに泣いていた。

「大丈夫?」

 私は顔を手で覆いながら泣いている素性の知れない少年の横に座り、彼の背中を母様が私にいつもして下さるようにそっと優しく撫でた。顔の見えない少年は、びくりと肩を上げ始めは私を警戒しているように見えたが、危険な人物ではないとわかったのだろう。だんだんと震えが小さくなり、泣き声が消えていく。

 母様が私を心配して、草むらの中へやってくる。私の横で丸まっている少年を母様は警戒した様子で見ていたが、ほっと安心する様に息をつき、こわばっていた顔が緩んでいく。

「光、突然私の手を離して走っていったので、肝を冷やしましたよ?」

「ごめんなさい......」

 母様は赤い着物の裾を地面につかないよう手で抑えながらしゃがみ、私を撫でた。

「光は優しい子ですから、泣いている子を放って置けなかったのでしょう? それは、光の良い所です。母様はそんな貴方を尊敬します」

 私は母様に褒められ、照れ臭そうに顔を赤らめる。

「ねぇ、あなたお腹空いてない?」

 母様に褒められ、気分が良くなっている私は黙りこくっている少年に棒付き飴を差し出した。

「これ、あげる! お腹が一杯になれば悲しいことも吹き飛ぶよ」

 少年の前に飴を突きだすと、少年は顔をゆっくりと上げる。私は彼の顔を見ようと、手の中に隠された顔を凝視する。

彼の顔が見えかかったその時、

「はっ......! 夢、か......」

 畳の上に敷かれた布団で眠っていた私は目を覚ました。


 ここ最近よく見る夢。私が幼い頃母様と街へ買い物に行った帰り、草むらで独り泣いている少年と出会う夢。いつも、少年の顔が見えそうだという時に目が覚めてしまう。

 彼の顔はどんな感じだったのだろう? それに、あの後私は何をしたのか覚えていない。いつか、この夢の続きが見られたらいいな。

 ぼんやりと開いた目を擦って、布団の側に打ち掛けてある赤と白の椿の刺繍が入った着物を手に取り、着替えを済ませると家族が集まっているであろうリビングへ向かう。

 私の部屋がある建物から縁側をたどって、増築された洋館へ向かいリビングへ繋がる洋風の扉を開く。

「おはようございます」

「おはよう、今日は早いのね」

「おはよう。光」

 茶を淹れている母様と朝食を食べながら新聞を読んでいる父様とうさまと朝の挨拶をかわす。

 父様は読んでいた新聞をたたみ、父様と対面になる席に私が座るよう促す。私は言われた通り、その席に座ると、父様は新聞紙を机に置き咳払いを一つわざとらしくした。

 父様が咳払いをするのは、大切なお話があるサインだ。私は背筋を伸ばして、父様の言葉に耳を傾ける。

「光、私たち烏丸家にお金がないのは知っているだろう?」

 私は「はい」と頷く。

私たち烏丸家は貴族の家系だ。しかし、貴族と言っても位は「男爵」。明治の頃、当時の烏丸家当主が貿易商で莫大な富を手に入れ、そのお金で今私たちが住んでいるこのお屋敷や書庫、美術品などを手に入れたと聞いているが、大正になり父様が烏丸家当主になってから私たちの家は傾き始めた。経営がうまくいかず父様の商売は赤字続きになり、この屋敷にある美術品や貯金を少しずつ切り崩しながら過ごしていた。しかし、このままではいつか金が底をついてしまうと、私と五つ年の離れた暁斗あきと兄様が海軍としてお国のために働き、毎月貰うお給料の一部を家に仕送りしてくれているおかげて、今は身を削って生活することは無くなった。

 父様が突然この話を私に持ち掛けたのか不思議に思っていると、父様は母様と目くばせをして申し訳なさそうに私を見た。

「すまない光。お前へ相談もなしにこんなことをするのは申し訳ない気持ちだったのだが、西園寺家へ嫁いでもらうことが決まった……!」

 私は驚きのあまり、椅子から立ち上がってしまう。

西園寺さいおんじ家……貴族の……それも、公爵家のお家だ。子爵である烏丸家から見れば断る理由もないくらいうれしいはずの話だが、西園寺家は金と権力を使って弱い立場の者をねじ伏せ、自分たちの思い通りに操っていると悪い噂が流れている家だった。

 なぜこんな話が出来てしまったのか父様に尋ねると、西園寺家の長男、西園寺幸助(こうすけ)様が私を街で見て一目ぼれしたのだという。幸助様は私を妻に迎えたいと父様に申し出たが、父様は私の了承も得ず独断で決めることはできないと、一度断ったそう。しかし後日、父様の会社へ幸助様は大金を持って現れ、「私にあの娘を遣らぬというのなら貴君の会社を潰し、烏丸暁斗海軍大尉を解雇する」と脅してきたそう。西園寺家は政界にまで力を及ぼしているため、ただの脅し文句とは言えず、本当に父様の会社を潰し、兄様が解雇させられると、私たちのこれからの生活がどうなるか分からない。今住んでいる屋敷を手放さなければならないかもしれない。そういった恐怖から、泣く泣く父様は頷いてしまい、幸助様が持ってきた五千万円は手付金だと言って去っていった。こうして、私と幸助様の婚約が知らない間に出来てしまったというのだ。

 父様は私に頭を何度も下げて謝った。私は「謝らないでください」と何度も何度も謝る父様を止める。

「すまない……本当は、光が心から愛する者と出会い結婚して欲しいと思っていたが、私のせいで望まない結婚をさせてしまうなんて……!」

「父様やめてください。私は大丈夫ですから。それに、貴族に限らずお家同士の結婚はよくあること。父様や母様のように恋愛結婚をする者は少ないのですから、気になさらないでください」

 父様は目に涙を浮かべながら私にまた頭を下げた。

父様と母様は恋愛結婚だった。母様が女学校に通っていた頃、母様は道端で転んでしまい、偶然通りかかった父様が母様をおぶって、この屋敷で手当てをしてもらった。その日を境に何度も父様と母様は出かけるようになり、いつしか二人は互いに惹かれるようになった。しかし、母様は伯爵家の人で、父様の身分が低いと母様の家、花園はなぞの家は父様との結婚に反対だったが、母様は父様を諦めることはなく、「父様と結婚させてくれないというのなら、屋根から飛び降ります」と母様の両親を驚かせ、数時間にも及ぶ話し合いの末、なんとか結婚することが出来たそう。

 父様と母様はお金にゆとりがあるわけではないが、幸せに暮らせているので私たちにも恋愛をして、自分たちが好きになった相手と身分関係なく結婚して欲しいと願っていた。だが、その願いを父様自身が壊してしまうことになり、何度も私に頭を下げる原因になってしまった。

 私は好きな人がいるわけでも、恋愛をして結婚をしたいともあまり考えていなかったので、正直父様が何度も私に謝っているのが申し訳なく感じた。西園寺家の評判はかなり悪い。しかし、実際会ってみれば違うかもしれない。結婚すれば好きになるかもしれないと自分に言い聞かせて、私は父様に「西園寺幸助様と会わせてください」と頼み込んだ。

 父様は私の頼みに少々ためらっていたが、「光の望みなら……」と幸助様に連絡をして、お会いする場所と時間を設けて下さった。幸助様とお会いするのは一週間後のお昼。

 私は突然決まった結婚話の情報を整理をするため、屋敷の外へ散歩しようと玄関へ向かう。

「光姉様、ちょっといい?」

 リビングがある洋館を出て、私の部屋がある建物の縁側を歩いていると、一つの部屋から妹のあかねが顔を出し、手招きしている。

私は「いいよ」と頷いて、茜の部屋に入る。

「実は……父様から事前に聞いていたのだけれど。光姉様、あの話は本当なの?」

「あの話?」

 とぼけた顔で言うと、茜は「なんで受け入れられるの⁉」と怒り始めた。

茜は私と同じ黒髪紅眼だが、性格は真反対。嫌な物は嫌だと、物怖じなくはっきりと断る性質で、私の様に心の声を押し込んで頷くことは絶対にしない。だから、私があの西園寺家へ嫁ぐことになったことに対して良く思っていなかった。

「別に父様たちのように恋愛結婚をしろとは言わないけど、悪評が流れている西園寺家と、それに、まだ会ったこともない人と結婚するなんて光姉様は本当にそれでいいの⁉」

「噂が真実だとは限らないわ。それに、会ったことがないというわけではないわ……」

「向こうが勝手に光姉様を好きなだけで、光姉様は幸助さんの顔も声もわかないでしょう⁉」

「それは……」

 茜の言う通りだ。いつどこで幸助様が私を見かけたのかはわからない。

私は何も言えず黙り込んでいると、茜は大きなため息を溢して呆れた目を私に向ける。

「……光姉様って意外と強情よね。まぁ、私がとやかく口を挟む話ではないから、これ以上のことは言わないけど、光姉様にとって後悔しない選択をしてよね」

「うん、わかってる。茜心配してくれてありがとう」

 茜はまた大きなため息を漏らした。

私は茜の部屋を出て散歩へと向かう。

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