飛び道具
「ま、魔王なのか…?」
振り返ると、そこには獣がいた。あまりの気迫に思わず言葉が出ない。
「………」
目の前の獣は何も口しない。けれど、得体のしれない不気味さがある。
俺は確信した。
今、目の前に存在するのは、小さい頃から絵本で見てきた魔王だ。
威圧感だけで、肌に傷が入ってしまいそうだ。
本能が、身の危険を告げている。
「………」
これは、まずい…
生きた心地がしない…
心臓の脈打つ鼓動は収まらず、立っているだけで苦しい。
「なんだ?小僧。弱者である、お前の分際で、この俺様を呼び出すということは、どういうことだ?弱者にも弱者の大義があるのかァ?」
ガン飛ばしてくる魔王。
今おそらく魔王は、今ものすごく機嫌が悪い。
振りすぎた炭酸水のように刺激すると今にも爆発しそうだ。
何を口にすればいいのだろう?
「そ、そうです…私め、マインドは、魔王様に緊急のご用があってお呼びしました…!」
声が上ずってしまった。
そして、咄嗟の発言も魔王に媚びたもので、勇者あるまじきものだ。
「さっさと用件を言え、小僧。俺は、今少し気分が悪い。朝から勇者共に襲われたと思えば、今度は小僧だ。どこまでもしつこい連中だ。この怒り、くしゃみでも出ようものなら、瞬きの内に、お前を八つ裂きにしてしまいそうだ」
何も言えない…
ただガンつけているだけだが、地方のチンピラとは訳が違う。
魔王にはオーラがある。
徐々に生が蝕まれていく、そんな感覚だ。
魔王に用件がないなんて言おうものなら殺される。そして、討伐に来たと言えばより殺される。
俺は、どうすればいいのだろうか?
冷静の脳みそは、既にどこかに行ってしまったみたいだ。
「おい、さっさと言えよ。小僧」
痺れをきらした魔王は、俺を指で突く。
「うおおおおおおおおおおおお」
みるみるうちに視界から魔王が遠のいていく。
ものすごい勢いだ。
デコピン感覚で、この威力か...?
根本の力が違いすぎる。努力して埋められるような生ぬるい実力差じゃない。もっと生物的な違いだ。
勢いが収まる気配がない。
一体、どこまで飛ばされるんだ?
ドスッ
幸運にも俺は何かにぶつかったようだ。助かった…
「ゴフッ…」
背中に激痛が走る。
「くぅ…」
木にぶつかって、これ以上飛ばされなかったとはいえ、魔王の攻撃を直接受けたのだ。呼吸はしづらく、せき込みが止まらない。しかし、これくらいで済んだだけ、ましかもしれない。
「いててて…」
背中の激痛は止まないが、木に掴まり、なんとか起き上がる。
やっとのことで、顔を上げると、魔王は、爆笑していた。
「性格もちゃんと魔王だな…」
本当に、人を痛ぶって、笑えるイデオロギーを知りたい。常人は、こんなふうに笑ったりしない。が、それを魔王に求めるのは、お門違いか。
腕を回して、体の動きを確認する。
さっきの衝撃で緊張もほぐれたみたいだ。
まだ恐怖は感じるが、さっきより体は動く。
そうだった…
俺には、能力があったんだ。
人にはない能力があったのだった。
一度落ち着いたことで、自分の最善を確認することが出来た。その能力を使って魔王に抗えるかどうかは分からない。だが、最善を尽くす。
「おいおいおいおい、弱いなァ、小僧。さっきの兵士共は、もうちょっと体に芯があったぞ。貴様には、骨がないのか?アァ?」
「人にも色んな人がいるからな。俺は、低ランクの弱小勇者だ。多様性の時代に、勇者に強者像を押し付けられても困る」
「ほお…開き直ったか、小僧。いいじゃないか。俺は、ミジンコみたいに震えた小便小僧より好きだぞ。いいそ、その虚勢に免じて、一発だけこの俺に攻撃をいれさせてやるよォ」
そういうと魔王は正面で腕を開き、胸を突き出す。
お好きにどうぞ、といわんばかりだ。
魔王は、油断している。
今がチャンスだ。このチャンスを無駄にはしない。
「魔王―――――――――――」
魔王に向かって走りかかる。
「実に滑稽だなァ。こいよ、小僧」
「おおおおおおおおおおおおお」
魔王を前に、俺は飛び上がる。
その際、胴は、がら空きだ。
この攻撃が終われば、俺は逆に魔王に攻撃される。
最初で最後の攻撃を外さないように、俺は狙いを定める。
「おお?」
跳躍の最高点で、魔王と視線が交差する。
「面白いじゃないか。こい、小僧ォ」
俺は宙で体をそらす。そして、大きく息を吸う。
魔王を体が見下ろせる。
今だ、この角度だ。
ガツンッ
「頭突きか?」
魔王と俺の額が衝突する。
ここまで頭が固い生き物に頭突きをしたのは初めてかもしれない。反動によって宙で大きく体が反れる。頭突きは出来た。
後はうまくいくことを祈るだけだ。
「う、うああああああああ…頭があああああ…」
額をおさえて悶える魔王。わざとらしい演技だ。最後までサービス精神旺盛ということなのだろうか。
「なあんてね…」
分かりきったネタ晴らしを決めると、魔王は手をパっと広げて馬鹿にする。
「生物として完成させられた俺様がこんな頭突きで倒れるわけないだろ…馬鹿が。ハハハハハ」
「…」
知ってはいたがやはり強い。
「やられる訳ないだろう、間抜けが。こんな攻撃、俺が生まれた直後でも効かないなァ」
饒舌になっている魔王は宙を落ちる俺を見下ろす。
「じゃあ、そろそろ清算の時間だ。攻撃してもいいと言ったが、この俺に頭突きしたんだよな、等倍で返してやる。お前は生きて清算出来るかァ?」
魔王の剣が宙で俺の胴体に刺さる。そのまま魔王は剣で体を左右にえぐる。地面に血がびしゃっと飛び散る。おそらく胴体が真っ二つになる以上に苦痛だ。
だが、しかし、うまくいったはずだ…




