水の泡
どうしたらいいのだ。
短剣を持ったまま、甲板の上で私は途方にくれる。
王子への恋心はもう、ない。
本当に外見が好みだった。
そして、本当に”外見だけ”の男だったのだ。
裏では家臣に高圧的で、婚約者がいながら私にまで手を出してきた。
あっというまに冷めてしまった。
しかし、今となって急に良心がとがめた。自分が助かるためとはいえ、この仕打ちはさすがにどうだろう。
でもこのままだと、私が。 もうすぐ夜が明けてしまう。
そのときだった。
かすかに水音がした気がした。同時に気配を感じたので船から下を見下ろすと・・・
海面からひとりの女が顔を出していた。
「・・・姉さん!」「しっ!」姉は口に人差し指をあてながら私に言った。
「そのまま、こっちに飛び込んでいらっしゃい。」
「え、で、でも・・・。」
「あなた、声出てるわよ。」
「え、あっ・・・!」言われてみれば。
姉は苦笑しながらつづける。「もう魔法はとっくに解けてるから大丈夫。さ、早く。」
その時、後ろで人の気配を感じた。おそらく見回りだろう。
私はうなずき、そのまま海に飛び込んだ。
イチかバチかだったが、姉の言うとおりだった。
つまさきから、なつかしい感覚がよみがえってくる。
私たちは泳いで泳いで、海の底をめざした。
・・・・・・これまでの苦労は水の泡になったが、本当に海の泡にならずに済んでよかった。
今回の事で、姉や他の皆にも迷惑をかけてしまったな、と私は深く反省した。
でも、いつか・・・結ばれないなら本当に、海の泡になって消えても良い、と思えるくらいの相手と出逢うような事があるのだろうか?
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「?なんだこれは、危ないな。」
見回りに来た船員の男は、朝日を受けてキラキラと光る短剣を見つめながらつぶやいた。
完