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7 依存




 楽しい時間というは過ぎるのが早いもので、クッキーが終わるころにはそろそろ仕事に戻るべき時間になっていた。


 そんな時間になってアイリスはやっと、何も建設的な話ができていない事に気が付いた。


 昨日やってきたばかりだとしてもアイリスはまだ自分の仕事を見つけられていないし、やることだってない。


 この状況は一番よくないのだ。


 そう考えて、アイリスは最後に切り出した。


「あの、お茶会、楽しかったです。なのでつい会話に夢中になってしまいましたが、これからの事について教えていただけますか?」


 楽しい時間を共有することができ、アイリスもすこしはレナルドと打ち解けることができたと思う。


 だからこそ、この家にとって意味のあることがしたい。それにそのつもりで彼だってアイリスを嫁に入れたはずだ。


「これからの事? ああ、式の日取りや、旅行の話?」


 しかし、レナルドが言ったことは仕事の事ではなく予想外の話だった。


「君がこの場所に馴染んで両親の事に整理をつけられたらと考えていたけれど、問題なさそうならすぐにでも予定を立てるよ」

「いえ……そういう事じゃなくて……先日伺った通り領地運営についてや、資金繰りについての仕事など、私にできることを早速やらせてほしいと思ったんだけど」

「え、そんな。たしかに協力していきたいとは言ったけど、そんなに切羽詰まってはいないよ? 昨日だってあんなに取り乱していたし、無理に仕事をしてほしいとは思ってないから」


 アイリスは、当たり前のようにやろうと考えていたが、レナルドの言葉も言われてみればその通りだ。


 今だって実家から出てきて色々なことから開放されたというのに、借金の事ばかり考えてしまって、ここの生活に馴染んだとは言えない。


「リフレッシュするための事なら喜んで協力するけど、アイリスはまだ若くて大変な状況にいたんだし、休憩も必要だと俺は思うよ」

「……」


 彼の言っていることは間違っていないし、アイリスはそうするべきだ。


 考えを切り替える必要があると思う。


 ……でも、今日も何もしないまま、明日を迎えるのは、正直とても恐ろしい。


 明日には、何か取り返しのつかないことにこの領地がなっているかもしれないし、私の今持っているお金は少ないし、ディラック侯爵家の人が何か文句をつけてくるかもしれない。


 そうなったら、アイリスはきっとすごく後悔する。そう考えると眠れなくなってしまいそうだ。


「でもね、次の代に迷惑をかけるわけにはいかないから将来的には周辺領地の貴族と安定した関係を手に入れたいと思っている。


 誇れる事業も一つぐらい欲しいとは思ってるし、君の手は必要だよ。でも、今は色々と活動的に動くよりも状況を見極めた方がいい時期だし。特に……」

 

 レナルドはアイリスを説得するために続けて言った。彼だって元男爵家なのだとしても、この地位を賜るに値する功績をあげた人間だ。


 これからの事、そして適切なタイミングなどを理解している。だからこそきちんと説得力のある言葉だということは重々承知だ。


 ……でも、と否定するのは、流石に無礼だとわかっていますけど……。


 従った方がいいと思うのに、それが難しい。


 アイリスは日々のルーティーンにもなっている借金に対する能動的なアプローチによって精神的な支えにしてきた。


 この状況でそのことを一切考えずに休憩をしてほしいと言われると逆に苦しく思ってしまう。


 そんなアイリスは、とても思いつめた表情をしていてそれに気が付いたレナルドは、もしかすると無理をして仕事をしたいと言っているわけではないのかもと、思い至った。


 そしてその仕事……というか行動をすることによって日々の不安を解消することができるタイプの人をレナルドはよく知っていた。


 なのでしばらく考えて、それから青くなっているアイリスに、物は試しととある周辺貴族からの打診についての話をして、共有することにしたのだった。



 レナルドから知っておいて欲しいと言われた話は、隣の領地であるボルジャー侯爵から提案されている投資の話だった。


 この辺りの土地は豊かで恵まれているがダンヴァーズ公爵家は、くだんの革命の首謀者で捕らえられてしまったベックフォード公爵家の領地をそのまま引き継いだので、周りからすれば新参者なのだ。


 そんな新参者の領主に周辺貴族であるボルジャー侯爵は、侯爵領の中にある魔石の採掘場に対する投資話を持ち掛けてきたらしい。


 そしてその話は非常にややこしい。


 鉱山から採れる魔石を加工するために隣国へと輸出し、さらに魔石から魔石を使ったアクセサリーにするために別の国へと移動させる。


 その間に流通通貨も変わるので、加工するための金額が為替変動の影響を受け、時と場合によっては損をするが得する場合も多い。


 それにこの投資の話はボルジャー侯爵家だけではなく、別の採掘場の貴族や、魔獣からも取ることができる魔石に関するものなので、他の領地からも加工が得意な国に輸出することがある。


 けれども船での輸出になるのですべてを失う可能性があるし、その分、隣国で加工されたものは価値が高くなる。


 そういうギャンブル性が高い投資ということで上級貴族の間ではそこそこ人気なのだそうだ。


 そして提案者であるボルジャー侯爵の取り分は、魔石加工の手数料だけでいいということで、非常に良心的だ。


 基本的に魔石の価値はある程度ブレがない、輸出するときの船が遭難しない限り、リスクが少ない投資だと本人からは説明をされたとレナルドは言っていた。


 アイリスは話を聞いて、それらに関する本を借りて理解に努めた。


 なんせ、アイリスが対応していたディラック侯爵家との借金の話とは毛色の違う話だったので、すこしピンとこなかったのだが、きちんとわかれば面白い。


 お金に関する話とは、色々な種類があるし、その分色々な思惑がめぐっている。


 そのボルジャー侯爵の意図をアイリスは読み切ることはできなかったが、普段のお金の事を考えているときの閉鎖的な鬱屈とした気持ちと違って、海を渡ったその先の国の事を考える為替というのも面白いものだと思った。





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