45 あらためて
舞踏会の日を終えて事態は本格的に解決の方向へと動き出した。
土地をつかさどる魔法を持っている貴族たちからの聴取を行い、それに応じて彼らをだましたり、金銭を巻き上げるような行為をした貴族たちを次々にセオドーラは調べ上げ審問を行った。
それに加えて、特別維持費を打ち切られた当時から今までの金額を今後十年の間に上乗せして支払うような形の契約を結び、十年前と同じような領地の状況になるように復旧するための支援もするつもりであると発表された。
結果、やはり魔法を持っていないのに自分たちもそうであると騙る者も現れ始めたのでそれらには厳しく対処されることになる。
国に不運をもたらしたディラック侯爵家と同じように当主は処刑、他は王宮の地下に捕らえられ、魔力を奪われる生活を送っている。
そんな風にあわただしく国は変わっていき、あっという間に月日が流れていく。
しばらくタウンハウスに住んでいたので、レナルドは何度も王宮に足を運び、アイリスは忙しい彼らに役立つために、他の土地を守る役目を担っていた貴族たちに事の事態を説明して回った。
これからの事の相談に乗ったり、魔法の使い手を失ってしまった人たちには慰めの言葉とともに、前を向けるようにいろいろな可能性を示すことに尽力した。
同じ立場の人たちも、アイリスたちのように両親が投げやりになって大きな借金をした人もいたり、将又王族に怒りを向けている人たちもいて、彼らは一概にこのセオドーラの行動にいい顔をしたわけではなかった。
しかし、同じ苦労をしたアイリスの言葉は彼らによく届き、反発も少なく土地をつかさどる魔法を使う貴族たちの復興は何とかうまくいきそうだった。
そんなとき、クランプトン伯爵家の森の復旧の件でアイリスはナタリアに呼び出された。
アイリスが知っている彼女ならば、使用人がその日の朝に急いでやってきて、今日会いたいから何時に来られるかという話をしてくる。
それに急いでアイリスは予定を合わせるという事態になるのが必至だ。
しかし今回は、きちんとした手紙が届いて、ダンヴァーズ公爵夫人に対するお願いとして丁寧な文章でつづられたそれを読んで、アイリスはとても驚いて返事を書いた。
それから、所定の日時に、クランプトン伯爵家のタウンハウスに向かえば、きちんと侍女を連れたナタリアがアイリスを出迎えて、応接室へと向かう流れになった。
そんなナタリアの傍らには、先日会った時よりも控えめなドレスを着たシルヴィアの姿があった。
向かい合って座ると、ナタリアはつんと唇を尖らせてアイリスにむっとした表情を向けた。
「……お姉さま、改めて久しぶり。随分、元気そうでなによりね!」
アイリスの姿を上から下まで見てから、ナタリアはそんな風に表現した。
もしかしてアイリスが着ているドレスのせいだろうか。
最近は公爵夫人らしく見えるように、それなりのものを着るようにしているのでその上等なドレスがうらやましいのだろうか。
双子なので多少なりとも、ナタリアがどんなことに敏感に反応してうらやましく思ったり妬ましく感じるのかそこそこわかる。
だからこそ、とりあえずアイリスもそう見当をつけて、それでも改めてゆっくりと話をする時間が得られてうれしいと思いニコリと笑みを浮かべた。
「ナタリアも久しぶりですね。舞踏会の事があってからゆっくりと時間を取ることができなかったから、こうしてきちんと話をする時間が取れてよかったわ。
今日は招いてくれてありがとうございます」
少し頭を下げて彼女に言う。すると、ナタリアはなんだかもやもやしている様子で口をつぐんで口をもごもごさせながら腕を組んだ。
その様子に、せっかくこんな風にきちんと屋敷を管理して人を呼んでも恥ずかしくない程度に整えるだけの仕事を毎日していることを褒めようと思ったが、そのしぐさに、アイリスはくすりと笑った。
なんせ、言えない事を考えているときのティナと同じだったのだ。
いままでのナタリアにはそんな癖はなかったと思う、しかし少し大人になろうとしている彼女は言ってはいけない事があるという事を学んだのだ。
だからこそ我慢するという事を学ぶことができた。
それはすごくアイリスは良い事だと思ったし、それに彼女たちに捨てられてからいろいろな気持ちがあったけれども、その心の中にとぐろを巻いていた黒い気持ちはすっとどこかに消えてなくなる。
周りが見えずに人を傷つけてしまう事というのは誰にでもあるだろう。教えてもらえなければ、間違えなければ、気がつかない事もある。
だからこそ今まで父と母に甘やかされて間違いを知ることができなかった彼女をアイリスは許したいと思ったし、許せると思ったのだ。
「んなっ、なにわらってるのよ! わ、私の事馬鹿にして!」
「いえ、馬鹿になんかしていません。ただナタリアは少し大人になったのだなと思っただけです」
「なによ、私は元からも━━━━」
アイリスのしみじみといった言葉に、ナタリアは堪らず何かを勢いに任せて言おうとしたが、後ろに控えていたシルヴィアがナタリアの肩にポンと手を置くとナタリアは途端に沈黙した。
「…………今日の目的をお忘れではなくて、ナタリア様」
静かな声でそう言ってシルヴィアは背後からナタリアの事を覗き込んで、ナタリアは猛烈に目を泳がせた。
それから首を縦に何度も振ってから、またアイリスの事を見据えた。
「先ほどの発言はすこし行き過ぎてしまっただけよ、お姉さま気にしないで……」
「はい、気にしません」
「……それで今日、お呼び立てしたのは……これから、クランプトン伯爵領の森を復旧してくれるお姉さまに私は…………」
ナタリアは言いながら言葉をとても真剣に探している様子で、一度深く息を吸ってから、ゆっくりと吐き出して、きっちりアイリスの目を見ていった。
「私はお姉さまに協力してもらう前に、きちんと謝っておこうと思ったのよ」
「……はい」
「あの時……お母さまとお父さまが死んで、私たちのお屋敷は私たち二人だけのものになった気がした。
急に二人ともいなくなるなんて元々考えたこともなくて、私は泣いてばかりだったけど、お姉さまはお母さまたちのことをテキパキとこなしていて、それはとても私にとって不思議だった。
家族が死んだのに悲しんでいないように見えて、何か信用ならない気がして、アルフィーに吹き込まれた話を全部本当だと思って信じ込んでしまった。
お姉さまが全部悪いような気がしていて、私が手に入れることがとても当たり前でお姉さまは苦労した方がいいと本気で信じていた。
でもそれは、全部間違いだった。
全部が自分の思う通りになって手に入れられると思うのは、すごく魅力的で嬉しい計画で、できなかった贅沢とか、友達に自慢できるとかそういうできた時ばかりの嬉しい事ばっかりに目が行っていてじっくり考えていなかった。
やってしまってからは、こんなはずじゃなかったって何度も思って、止めてくれなかった侍女たちとか、お姉さまも恨めしく思ったりしたけど結局、選んだのは、望んだのは私だった。
その悪い事を止めようとしてくれていたのに、正義ぶって酷い事をして、いろんなものを滅茶苦茶にしてごめんなさい。
……っ、裏切って、見捨てて、放り出したのに、協力してくれるって言ってくれてありがとう、お姉さまっ」
ナタリアは、堪えるように瞳に涙をためていて、何とか泣かないように努めている様子だったが、小さなしずくが一つこぼれると、いそいで手の甲で拭ってアイリスにそのまま頭を下げた。
妹が小さく体を丸めて謝罪をする姿に、アイリスはすこし胸が苦しくなって、なんだか同じように泣き出してしまいそうになったが、深く頷く。それからナタリアにアイリスはとても優しい声で言った。
「……ええ、どうしたしまして。私は大したことはできませんが、二人で育った土地です。……ずっと守っていくのはあなた、それは変わりません。でもお手伝いぐらいはさせてください、ナタリア」
「うんっ、ゔんっ、ううっ、おねえさまぁっ」
結局、ナタリアは子供のように猛烈に泣き出して、後ろにいたシルヴィアはすぐにナタリアにハンカチを差し出して、背中を摩ってやった。
ナタリアはアイリスと違って仲のいい友人も多いと聞いていたし、知っていたけれどまさか、こんな風に人生を捧げてくれる人と出会っていただなんて知らなかった。
結局、ナタリアは自分の力で手にした友人というつながりを通して今回の危機を脱することができた。
それだってアイリスはすごいと思うし、こうして二人の行く先はまったく入れ替わったけれど、アイリスはレナルドに出会うことができたし、クランプトン伯爵家の問題は解決した。
案外、女神さまの導きだったのかもしれないと思う。
……それにしても、こんなにいろいろなことに気が回ってナタリアの為に動いてくれる友人がいたというのに、ナタリアはどうしてアルフィーに靡いてしまったんでしょうか。
ふとそんなことが気になった。
あの舞踏会の日以来、アイリスはシルヴィアに会ってないし、何度かクランプトン伯爵家にいた時に迎えに来ていたところを見たことがあるぐらいで、他に接触はなかった。
しかし、行動を見る限りナタリアのとても大切な友人なのだろう。
もっと問題が起こる前に対処することもできたのではないかと思う。
「……っ、ふふっ、無様ですわ。ナタリア、あなたったらもう、本当に可愛らしいんですもの」
すると大粒の涙を流すナタリアに、シルヴィアは頬を染めてうっとりとほほ笑みながらそんな言葉を口にする。
それにアイリスは思わず真顔になって、小さく首を傾げた。
そしてやっぱりそういうタイプのディープな愛情についてアイリスもよく知らないので、世話を焼くのが好きな女の子なのだろうと考えて納得した。
それから彼女たちと軽くあれからの事を話して、その日はお開きになったのだった。




