44 助言と歪んだ愛情
舞踏会を返上して行われた話し合いは、その後数時間にわたって続いた。
大まかな方向性についてや、物事真相などは早々に結論が出たし、それほど時間のかかる内容ではなかったが、クランプトン伯爵家のように国からの補助を失って損害をくらった貴族たちは大勢いる。
その彼ら全員が土地をつかさどる魔法を持っていて土地を守護しているわけではない。
彼らを保護することによって国の長年続いていた不運については決着をつけることができるだろうが、そうとなれば金銭欲しさに、クランプトン伯爵家と同じだと騙る輩が出てくる可能性もある。
そうなれば国は損害を賠償しきれずに破産してしまう。
見極めるには、クランプトン伯爵家を基準に特殊な魔法を持っているかを精査する必要があるだろう。
と同時に、今回の革命騒動にまで発展した、国に続いた災害や魔獣の発生の責任を取る人間は誰になるのかという話し合いも必要だった。
もちろん、困窮していたクランプトン伯爵家を騙したディラック侯爵家はすでに噂も広まっているし、なによりそうなることをわかっていてやっていたことが明らかにされているので罰せられることは決まっている。
しかし、同じように維持費を打ち切られたことによって困っていた彼らを食い物にした貴族は国中に同じようにいたはずだ。
だから、原因が究明できないほどに様々な方向からの災害につながった。
その彼らを見つけ出し、罰することでやっと国に高まっていた革命の機運が下がっていくのだという主張をシルヴィアがして、その話し合いも随分と長引いた。
気がつけば夜は深まっていき、ウィリアム様はセオドーラ様の膝の上で眠ってしまい、それをソファーに移動させて話し合いは続いた。
そして話し合いが終わるころには、レナルドは眠気さましのコーヒーを五杯ぐらいは飲んだ後で、逆に目が冴えていたが、アイリスの妹のナタリアは終わったと同時にシルヴィアに寄りかかって眠り始めた。
セオドーラはウィリアムを連れて一度自室に戻り仮眠を取ってくると部屋を出ていく。
全員に泊まれるように部屋を用意したと言っていたが、シルヴィアはそこを動かずに、少し苛立ちながら寄りかかるナタリアを見て言った。
「……わたくしよりも先に眠るなんて良い度胸ですわ」
「……」
呟くように言ったシルヴィアにレナルドは少し驚いて、目を見開いて彼女を見た。
しかしそういいつつも表情がほころんでいて、怒っているわけではないということはわかるが、それにしても彼女がナタリアさんと面識があったなんて知らなかった。
聡く賢い人だとは思っていたし、厄介な問題に突っ込んでくるタイプとも思っていなかったので、今ここにいることすら意外である。
しかし、彼女たちの事をそれほど深く知らないから二人の仲がとても良いことを不思議に思うだけで、アイリスから見れば当たり前でいつもの事なのかもしれないと思い、隣を見た。
すると彼女はテーブルに肘をついて自分の額を支えるようにしてとても器用に眠っていた。
「……無理させちゃったかな……」
そうは考えるけれど、レナルドは部屋まで運んであげようという気持ちには全く以てならなかった。
だってあんな様子を見られてしまったのだから無理もない。アイリスだってレナルドに触れられたら恐ろしいと思うだろう。
アイリスがどの程度今回の事を予測して動いていたのかわからないが、ディラック侯爵家の人間は革命派の人物だ。
アイリスを自分たちの元へと戻って来るように説得していたとすれば当然レナルドのことだって引き合いに出したに違いない。
というかもう隠しようもないことだ。
結局、シルヴィアがこうして悪役を別に立てることによって、王族は何とか難を免れそうではあるが、レナルドがやったことが騎士として、大人として、貴族として正しくなかったというのは事実だ。
そして、なにより困窮している人間を食い物にしたディラック侯爵家が悪いが、それ以前に原因を作ったのは王族だ。
それが明らかになった今、レナルドはアイリスを自分の元へと縛り付けておくようなことを望めない。
「……」
「浮かない顔ですわ。すごく辛気臭いですの」
あまりの疲れから不思議な角度で眠っているアイリスを眺めながら、ただ悲しみに浸っていると、ふいにシルヴィアがレナルドにそんな風に言った。
「……あなただけですわ。せっかくわたくしが山ほど策を練ってクランプトン伯爵家を守ったというのに、まったく嬉しそうではないのは、あなただけですのよ。
なにか不満があるのかしら、レナルド様」
鋭く指摘されて、レナルドは気弱な笑みを浮かべて年下の彼女にこんな風に言われるとは情けないと思いつつも、思わず気持ちを吐露した。
「解決したのはうれしいし、まさかこんな決着のつけ方があったなんてとても驚いてる。やっぱり優秀で才能のある人間っているものだね」
「あら、褒められてもなにも出ませんわ。それに、ただわたくしは友人を救いたかっただけですのよ。才能なんてあったとしても、こんなことぐらいでしか使いたくありませんの」
シルヴィアは平然とそう言ってのける、才能を自分の一部だと認めているからこそ、その使い方についても彼女の中で矜持があるらしい。
それはとても気高い生き方だと思うし、そんな人に気に入られているナタリアもとても幸運だと思うが、レナルドにはそういう才能が少しうらやましかった。
結局何もレナルドの力では解決などしていないし、人を殺せて戦えたとしてもなんの得にもならない。
守れるのなんてほんの一時のその場の命だけで後は信頼も、情も何も残らない。
人を殺せる人間は恐れられるだけだ。
「……俺は本当に……自分が情けない。結局アイリスにも怖い思いをさせて、失うぐらいなら、始めから諦めていればよかったんだ」
普段ならこんなことを他人に簡単に言ったりしないのに、眠気が変に冴えているせいでつい口が滑った。
そのレナルドの落ち込んだ様子を見て、シルヴィアは眉間にしわを寄せてまったく容赦なく言った。
「あら本当に情けない顔ですわ。驚いてしまいました。というか何がどうなったら今回の話があなた方が離婚するという話につながりますの?
アイリスお姉さまがナタリアの元へ戻ってクランプトンの再興に力を入れたいと?」
……アイリスの事……そう呼んでいるんだ……。
ふと彼女の口から出てきたアイリスの呼び方に、レナルドは不思議な気持ちになりつつも、話し始めたからには簡単に説明した。
「いや、そういう事ではなく。俺の行動を知らないまま妻になってもらったから、革命のときの俺の衝動的な間違いを今回の件で知られただろうし。
それに、今回殺しはしていないけど、やっぱり平穏に生きてきた女の子が旦那が人を当たり前のように傷つけているところ見たら、怖くて一緒にいたくないと思うでしょ。
だからもうダメかなって思うんだけど」
「面白いぐらい独りよがりで、わたくし腹がよじれそうですわ」
「……」
……相変わらず、キャラが濃くて面白い子だな。
レナルドの言葉に平然と感想を述べるシルヴィアは、ただでさえ美しく威圧感のある顔つきをしているのに、さらに鋭い瞳をレナルドに向けていった。
「それでも、レナルド様がいなければわたくしの行動は成功していませんでしたわ。
それをもっと正しく、強く誰にも恐怖心を与えずにできた方はきっとどこかにいるでしょう。
しかし成し遂げたのはあなたですわ。どんな理由どんな過去があるとしても、今この時があるのは確実にあなたの功績ですわ。
アイリスお姉さまにとってあなたは正しく力を使い、剣をふるえる騎士ではありませんの?
人によってそれぞれ、たくさんの正しさがありますわ。レナルド様が地位の為にだまし討ちをしたのではなく、小さな王子の命を守りたくなったただの情に厚い人間だということぐらいはわたくしだってわかりますの。
それにそんなことも理解してくださらない奥方などいりますか?
なんならクランプトンに返してくださいませ。
わたくしは間の抜けているこの子が苦労するのを間近で見たいのでクランプトンに勤めますから、その時にアイリスお姉さまがいればとても助かりますの。
この子の教育にもきっと役立ちますわ。
レナルド様は新しい奥方をもらって、王家に尽くせばいいではありませんの」
シルヴィアは新しい提案をレナルドにした。
たしかにできない事はないし、緑の魔法を持つ彼女はクランプトンに戻るべきだという話も出るかもしれない。
そうすれば、妹と心強い友人と国からの支援を受けて、立派に領地を治めることができるかもしれない。
頭ではそうわかっている。しかしレナルドは、自分の醜い気持ちを恥じながら口を開いた。
「アイリスがいいんだ。彼女以外はいらない、そばにいてほしいし、どこにもやりたくない」
「ならはっきりとそういえばいいんですのよ」
「……そうだね。そうする、助言ありがとう、シルヴィア」
「いいえ……実は、アイリスお姉さまがいた方が助かるなんて言ったけれどそれでは、難易度が低すぎて面白みに欠けますわ。
アイリスお姉さまがいなければ、ナタリアがもっと苦労して頭をパンクさせそうになりながらわたくしに傲慢に頼ってくるところが、たくさん見られますもの。
今から楽しみですわ」
優しさと愛おしさたっぷりといった様子で、シルヴィアはナタリアに目線を向けたけれど、レナルドはそういうタイプの愛情についてまったく理解が無かったので新手の天邪鬼なのかと思った。
「……さて、そろそろ起こしてわたくしたちも休まなくては、これから忙しくなりますものね。さぁ、起きなさいナタリア、こんなところで無防備に眠るだなんてだらしないですわ」
ナタリアをゆすり起こすシルヴィアに倣ってレナルドもアイリスに声をかけた。
彼女はすこしぼんやりとしながらも目を覚まして、レナルドを見てゆっくりと目を細めたのだった。




