41 本物の悪党 その二
「よく来たなアイリス。で、なんだったか? ナタリアに会いたいんだったか?」
アルフィーはなんだか演技がかったような大袈裟な仕草をしていてアイリスに質問を返した。
それにアイリスは小さく頷いてから、久しぶりの元婚約者に鋭い視線を向けた。
「はい。……その通りです。アルフィー。私はクランプトン伯爵家から出てしまいましたが、ナタリアが望んだことだとしても実家を見捨てたつもりはないんです。
そして、少々事態がややこしくなっているんです。そのための話し合いが必要なんです」
アイリスは、屋敷にいた時よりもずっとアルフィーに対してはっきりとものが言えた。
それはきっとダンヴァーズ公爵家での経験がアイリスを後押ししてくれているからだと思う。
「ハッ……何かと思えばややこしい事態だと? どうせクランプトン伯爵領の森の異変を聞いて、君も今が好機だと思ったんだろ」
しかしアイリスのあのころとは違う態度になどアルフィーは気にせずにアイリスの行動の意味など分かり切っているかのようにそういった。
……好機、とはどういう意味でしょうか?
彼の言葉の意味が分からずにアイリスは少し首をかしげて彼の言葉の続きを聞いた。
「そうとぼけるなよ。アイリス。こうして俺たちを追ってきてナタリアの事を話題に出したということは助けが必要なんだろ。君」
「助け、ですか」
「ああそうだ、血濡れの公爵の元へと嫁に行って相当苦労したに違いない。くくくっ、頑なに俺たちの事を疑って両親に入れ知恵までしていた君が、無様だなっ」
……。
…………何か勘違いされている?
アルフィーは勝ち誇ったようにアイリスをあざ笑った。
しかし本当にアイリスは彼らに助けを求めるつもりなどない。
むしろ彼らからも、いつかナタリアを助け出したいと切に願っているのだが、そんなこととは露知らずにアルフィーは笑みを深めて続きを言った。
「ナタリアの事を引き合いに出して、俺たちに媚びを売って嫁入り先から逃がしてもらおうという魂胆だったのだろうがそうはいかないっ! さんざん俺たちを困らせたその責任を取ってもらわなくてはな」
そういってアルフィーはアイリスのそばへとずかずかと歩み寄って肩を小突く。
「跪いて謝罪をしろ。そうすれば、戻ってきて、ディラック侯爵家の為に尽くすことを認めてやらなくもない」
偉そうに言う彼に、アイリスはいちおう公爵夫人なのだが、ととても冷静に思った。
それに、尽くすにしたって、クランプトン伯爵家に尽くすのならまだしもなぜディラック侯爵家なのだろう。
「ほら、どうした。固まって、まさか君が緑の魔法の半分を持っているからと言って何の苦労もなく俺たちに取り入れると本気で思ってたのか?
間抜けにもほどがあるぞ、アイリス。
そもそも君の出来損ないの妹が頑なに、俺に従わず森をあんな姿にしたのが原因だ。
俺たちはただ、借金を回収したいだけなのに、君たちのせいでとんだリスクを負うことになった。その責任をお前が取るんだ」
そう最後まで聞いてからアイリスは、彼がどうしてアイリスにそんな見当違いの事を言っているのかわかった。
……つまり森に異常が出たせいで、クランプトン伯爵家がこの国の不運の一端であることを周囲に察知されそうでとても困っているという事ですね。
しかしそういう事情があったとしても、アイリスが声をかけただけで、戻ってきたいと思っているという話になっているのだろうか。
さらに戻ってきてほしいと望んでいるのに、それでもアイリスを下に見て自分に従わせようと必死になって偉そうな態度をとっている。
クランプトン伯爵領にいた時には、あんなに恐ろしく強大に見えた男だが、今はとても薄っぺらくて弱々しい虚勢ばかりの空虚な人に見えた。
「……」
「それをきちんと約束すれば、あの血濡れの公爵の元から助け出してやろう。それで話を纏めて問題ないでしょうか、父上」
「ふんっ、その女に今度こそ余計なことをさせるなよ。アルフィー……娘、よくディラック侯爵家に尽くせ、そうすれば以前のこざかしい反抗の事は目を瞑ってやる」
しかしアイリスが言葉を返さないでいると彼らは勝手に話を纏めようとして、それがこれまたとてもアイリスを目の敵にしているような態度であり、アイリスはすこし腹が立った。
「……そのように仰られても、私は……実家に戻る気などさらさらありません。ただ今回は本当にナタリアに話があっただけです。
それに、森の話は大変な困りごとですけれど、その話と私が離婚するという話は別だと思います。
話を決められたつもりでいるようですが、勝手に判断されては困ります」
少し強い口調でアイリスはアルフィー、それからディラック侯爵にそう伝える。
すると、アルフィーは心底驚いた様子でこちらを見てディラック侯爵はととても恨みがましい目線をアイリスに向けてきた。
……そんな目線で、折れると思われているだなんて不愉快です。私は私で、事情があるしなんでもあなた達の思い通りになるわけではありません。
けれどもそんなことで折れるアイリスではない。しばらくの間が空いて、それからアルフィーはとてもわざとらしくため息をついて、アイリスを脅すように、凄んで言う。
「おいおい、アイリス。そんな風に強がったって、意味なんかないぞ。それにナタリアはこの場に来られないほどふさぎ込んでしまっているんだ。
友人にも見捨てられ、自分の部屋からも一歩も出てこられない状況なんだ。お優しい君は、そんな妹の事を見捨てられないんだろう?」
わかり切った事のようにアルフィーはアイリスに言った。
たしかにそれはナタリアが不憫だと思うし、この舞踏会に出てこられないというのは貴族としても地位が危うくなってしまう事態だ。とても良くない。
それに、彼女が領地に引っ込んでいたらアイリスはレナルドを抜きにして彼女と話をする機会が無くなってしまった。そのことが一番困る。
けれど、やっぱりそれとアイリスが実家に帰るかは別問題だ。
「……先に、私を見限ったのはナタリアの方です。あの子は間違いを犯した。それは事実。私はその件について同情はしてもそれ以上の事に干渉はしません」
「は? 何を言っている。それに助けてほしいと望んでるのは君の方じゃないか。あの血濡れの公爵だぞ。
周りの貴族からも遠巻きにされている様子を見ただろ。
ああなった理由をまさか知らないわけではないだろ。あれはどうしようもない人殺しだ、俺も他の貴族もみんな知っている」
……もしかして、革命のときの話を言っているんでしょうか……その話についてだけは私も詳しくは聞くことができていません。
その話をされるとアイリスはすこしだけ反論に困る。その隙を見抜いたようにアルフィーはさらに続けて口にした。
「同じ革命派だと嘘をつき、同僚を背後から刺して手にかけ、さらには単独でベックフォード公爵家の方々が遂行しようとしていた革命を妨害した。
あの男が何人殺したか知ってるか? 結局、ウィリアム王太子の命だけを優先し、他の幾人もの正当な動機を持った崇高で優秀な貴族たちは命を奪われた。
君だってあの男からどんな理由で殺されたっておかしくない、あれは地位に目のくらんだ人の皮をかぶった化け物なんだ!」
脅し文句のようにそう言われて、アイリスは瞳を瞬いた。
彼が多くの人の命を奪ったことは知っている。しかしその最中の出来事がどのようなものかはアイリスはまだ知らなかった。
まさかそんなことだったとはとても驚いた。
「そんな人間と同じ屋敷に住むことを強制されさらには、子を孕むなど身の毛もよだつ行為だ。
騎士は多くの国民の命を守る義務をもつ国の為に鍛えられた剣であるのに、おのが利益だけを優先するような男とともにいて君のようなくだらん魔法しか持たない女が怯えないはずなどない」
「っ、」
「強がるのもいい加減にして、俺たちの元に戻ってこい、アイリス。俺の方が幾分優しく君に接してやれる」
言いながらアルフィーはアイリスの腕を強く掴み、それに驚いた。しかし、反射的にアイリスは腕を振り払って一歩下がった。
「まだ抵抗するのか、この間抜けな能無し女ッ」
罵るように言う彼に、アイリスはじっとアルフィーを見つめていた。たしかにそんな真相があったなんて知らなかった。
たしかに彼は正しくないと見えることをしたのかもしれない。
けれども、アイリスは考えるよりも先に、口が動いていた。
「……だとしても、私はあなたに捨てられてとても助かりました。決してあなたの方が良かったなどとは微塵も思うことはありません。今も、そしてこれからも」
「なんだとっ」
苛立ったような声をあげアルフィーは怒り心頭といった様子で顔を真っ赤に染めた。




