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4 血濡れの公爵




「れ、連絡を受けていないんですか。……それは困りました。では私は突然おしかけた形になってしまったという事ですよね」

「あ、いいよ。気にしないで。どうせ近々という話だったからさ。部屋の用意はできていたし、問題ないよ」


 アイリスを気遣うように言う彼は、間違いなくダンヴァーズ公爵本人である、レナルドであった。


 アイリスは彼の年齢も外見も知らずにダンヴァーズ公爵領地にやってきたので、この年若い公爵を見て、ダンヴァーズ公爵に息子なんて居ただろうかと考えてしまったほどだった。


 といっても、アイリスよりは年上だ、むしろ結婚するには丁度いい歳の差ともいえる。


 しかし、これがあの血塗れの公爵かとどうしてもいまだに信じられない。


「それにしても、デラック侯爵家もうっかりしていたんだろうね。懇意にしているクランプトン伯爵と伯爵夫人が亡くなって、これから跡取り令嬢と家を再興していかなければならないから」


 適当に理由をつけて納得する彼は、どう見ても人がよさそうだ。柔らかそうな藍色の髪、すこし目じりの下がった瞳、なにより万人に好まれそうな笑みをしている。


「……でもそれにしても嫁入りを急がなくてもよかったと思うけどね。君もご両親を失って気落ちしているだろう? そんなときに新しい家族との新婚生活の事なんて考えられなくないかな」


 彼から言われる言葉の中には、思いやりらしきものがたくさん詰まっていて、アイリスは言葉が出ない。


 黙ったまま紅茶のカップを持ち上げてゆっくりと飲む、それからソファーにきちんと座り直して背筋を伸ばした。


 ……に、偽物?


 どうしても疑いの目を向けてしまってアイリスは、どこか別人のところに嫁ぎに来てしまったのではないかと思い、馬車が到着した時の事を思いだす。


 しかしそこかしこにダンヴァーズ公爵の家紋が見えたし、なによりこんなに大きな館を所有している人間も他にいない。当たり前のように使用人にご主人様と呼ばれる彼が偽物なわけないだろう。


「だからさ、しばらくは心の整理がつくまでゆっくり過ごしていいからね。父と母には君の事情も話してあるし、気兼ねなく心の傷を癒してほしい」

「……」


 ……それとも何かの罠……?


「俺は、君を金銭で買い取るようなことをした男だけど、結婚するからには幸せにしたいし、なりたいと思ってる……んだけどアイリス、なんだか心ここにあらずって感じだね」


 彼の事が信じられずにアイリスが言葉を失っていると、彼はその様子に気がついて、どうかしたのかと尋ねてくる。


 そんな彼にアイリスは失礼かもしれないと思いつつも、結局苦しい目に会うかもしれないのならば、無礼でもなんでも働いて、初めからどうするか対策を練りたいと思って口にした。


「……ダンヴァーズ公爵閣下は……レナルド様は……血塗れの公爵ですよね。私はあなたはとても恐ろしい方だと聞いていて……」

「……」

「覚悟をしてきました。ただ、想像と違いすぎて、疑いがぬぐい切れません。私にやさしくすることに何か意味がありますか?」


 とても直球な言葉を選んでアイリスはわざと彼のこの態度は嘘っぱちだと決めつけて、言った。


 しかし、レナルドは瞳を瞬いてそれから、笑みを消して少し悩んだ。


 それからやっぱり困ったみたいな笑顔をして、呟くように「深い意味はないんだけど」と言ってから、切り替えて少し凛々しい顔をする。


「じゃあ、ちょっと説明させて。まず俺がそんな風に呼ばれている理由は知ってる?」

「……いえ、詳しくは、ただ元は男爵家の出身の方が、突如公爵の地位を賜ったという話がとても噂になっていました。そしていつのまにか血塗れの公爵という二つ名を聞くようになったと思います」

「そうだよね。どうせわかることだから、君に言うけど端的に言うと革命を阻止した経緯があったんだ。


 その時に多くの貴族を殺してね。でもかん口令が敷かれているから、俺が人を殺して成り上がったっていう経緯だけが残ったんだよ」

「……お強いんですか」

「わ、割と?」

「今の情報、私に言って大丈夫ですか」

「……ちょっとだけ、良くない事かも。でもほら、俺はこうして成り上がったけど大領地の運営の仕方も、統治もまったくの初心者だからね、せめて身内とは協力していかないと……正直、やっていけるかどうか……」


 情けなく、眉を落とす彼の言葉に嘘はないような気がした。


 それに、そう言った経緯なら納得できる。


 しかしかん口令が敷かれるほどの人物が革命を起そうとしていたということはよっぽどの事態だ。国はしばらく騒がしくなるかもしれないが、アイリスにはあまり関係ない。


 ともかく、この領地はまだまだ、統治が始まったばかり、悪い噂のあるダンヴァーズ公爵家は外に助けを求めるのも難しい。


 そして男爵家で丁度良かった魔力量を次世代から、公爵家の家格にあうように魔力の多い嫁を入れて、調節しなければならない。


 だからこそ、アイリスを嫁に入れて家族で結束しようと考えている。


「だからね。君にも協力してもらえるように、俺はその、もちろん優しくするのはお嫁さんをもらう立場として当然だと思うけど、理由をつけるなら、媚びを売ってるというか、友好さを示しているというか……そんなところかな」

「……なるほど。理解しました」

「ほんと? 良かった、これからよろしくね、アイリス、俺の事はレナルドでいいから」

「はい……どうぞよろしくお願いいたします」


 彼が差し出した手をアイリスは両手できゅっと握った。


 たしかに、結婚相手として彼はとても難しい相手だろう。しかし、アイリスはとても何故だか視界が開けて見えた。


 レナルドはアイリスに責任を無理やり背負わせたりしない。一人の人間として協力を求めている。


 その象徴がこの握手な気がして、ぐっと強く握る。


「?」


 レナルドはアイリスの行動に首をかしげて、キョトンとしていた。


 アイリスは婚約者と妹に捨てられたことによって、背負っていたすべてを肩から下ろすことが出来た。それは否応なしに背負わされたアイリスの重荷だった。


 しかし今は捨てられたおかげで選択肢がある。新しい鳥かごは日の当たる明るい場所にある気がする。


 そう気がついて、やっとアイリスは、ああ、良かったと。思うことが出来た。


 捨てられて逃げられて、良かった。


「……」

「え、あ、どうしたの? 大丈夫? 急に悲しくなっちゃった?」


 気がついたら涙が頬を伝っていて、レナルドは驚きつつも手を離さないアイリスに混乱してテーブル越しに大慌てだった。


 そんな彼を見つつ、アイリスはやっと自分の状況に心の中で決着をつけられたのだった。





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