34 不運の正体
「アイリス、今日、あなたを呼び出したのは、他でもないクランプトン伯爵家の事についてです。
本来ならば、魔力の強いあなたがダンヴァーズ公爵家に嫁入りし、わたくしたちと協力してフェリティマ王国の社交の場を取り仕切っていきましょうと話をすることが初対面の挨拶として正しい事は理解しています。
しかし、現在の国の有事は続いています。わたくしは夫が再びこの国の指揮を執れるまで現状を維持し、できるならば改善の兆しを見出すことを使命としています。
そしてその改善の兆しは、不確かではありますがクランプトン伯爵家にあるのではないかとわたくしは考えています。
ですから、今だけはクランプトン伯爵家令嬢として、わたくしの質問に答えてほしい」
セオドーラはさらりとした長い金髪を耳にかけアイリスに真剣に言った。
その言葉にアイリスは少し驚いた。まさかクランプトン伯爵家の話だと思っていなかったし、何か王族が気にかけるような事項が実家にあっただろうか、と考えながら返事をした。
するとセオドーラは難しい顔をして膝の上で手を組み、アイリスから視線をそらさずに続ける。
彼女はアイリスの事をまっすぐに見ていて、それがアイリスにとっては少し威圧的に感じた。
「ここ最近になってクランプトン伯爵家の擁する森の様子がおかしいという報告をいくつも聞きました。
それについて調べようとしたのですが、どうやら普通ではない速度で森の生気が失われ、植物の芽吹かない土地になっている様子。
つまり、魔法の可能性があるという事だけはわかりました。
しかしそれ以上の事については一切、やはり情報がないのです。
あなた方のような緑の魔法や土地に土着している魔法を持っている一族は大抵そのあたりの領地から出てくることはありませんし、わたくしたちがそちらに赴くにしても、魔獣が増え災害が多い今の状況で安全にあなた方の領地までたどり着くのは難しい。
ここ十年も続いているこの国の不運について調べるとき、常にあなた方のような存在を認知してはいましたが、ずっとコストがかかりすぎることとしてスルーしてきました。
それに、わたくしたちは……自業自得と言われればそれまでですが、夫の政策により、あなた方のような魔法を持っている貴族たちと関係が決裂しているような状態にあるのです。
必然的に、情報の共有をお願いしても快くは受け入れていただけない。
しかし、アイリス、あなたは元々、クランプトン伯爵となるはずであった女性です。
爵位の継承順位が変わった理由についてはやはり深く知りません。しかし、あなたならば、何かあなた方のような魔法を持っている一族内での事や今回の魔法による森の被害。
ひいては魔獣の増加、災害の話について何か土地をつかさどる魔法との関連を知っているのではありませんか?」
彼女の瞳は、アイリスのほんの少しの表情の動きすら見逃さないとばかりの鋭い瞳で、その瞳の中にすこしだけの警戒が含まれていることをアイリスは察することができた。
それに、アイリスは少し緊張して、冷静に考えた。
クランプトン伯爵家の森の異変についてはナタリアのせいだと思う。
しかし、それについてナタリアだけがものすごく悪いというわけではない。きっとアイリスがあの屋敷にアルフィーと二人で残されたらたぶん森が相当に肥大化していたと思う。
結局、アイリスとナタリアは中途半端で、本当ならば二人でクランプトン伯爵家を支えていくのが一番好ましい。
しかしそれをできるだけの金銭的な力がクランプトン伯爵家にはなく、父と母は投げやりにナタリアの結婚相手を探していたし、将来の森の事については…………。
……そういえば一度聞いたことがありましたね。
父のような完璧な緑の魔法を持っていないアイリスは、どういう風に森を治めていったらいいのかと。
すると父は、相変わらずのんびりとした様子だったけれど、アイリスにほんの少しイラついた様子で言ったのだった。
『さあ、いいんじゃないか? どうでも、どうなろうと、森の様子と国の将来は関係がないらしいから』
『そうそう、クランプトンも、ディズリーもカヴァナーも、皆、その土地を守る精霊付きなのにイマドキそんな立証できないものに国家予算を割けないらしいのよ』
『だからいいんだろ。どうなっても、我々だけの責任で国家には関係がなく、国はまったく困らない、気にする必要なんかないんだアイリス』
父に聞いたのに母も参戦してきて、彼らはカラカラ笑いながら投げやりに言っていた。
どうなってもいいんだろう。どうでもいいんだろう。気にしなくていい。
ちなみにディズリーとカヴァナーは同じように緑の魔法を持つ一族だったと思う。
それ以外にも土地をつかさどる魔法を持つ一族を父と母は精霊付きの一族と言っていたが、それは古いおとぎ話みたいなもので女神さまの信仰に比べると知名度がずっと低い。
アイリスだって信じていない。
だからこそ、父と母が言っていたその返答について当たり前だろうと思っていたし、皮肉だとは気がつかずにそういう事なら、何とかなるのだろうと思っていた。
しかし、もし、父と母の投げやりな態度が国に対する報復なのだとしたら、どうだろうか。
今目の前にいるセオドーラ王妃殿下やコルラード国王陛下の改革で何かしらの不利益を被った。
だからこそ、目の前の金策に奔走する羽目になり、将来アイリスが森を管理しきれなくなったとしても、それは国が森の管理者を見捨てたせいだと主張するつもりでいたとしたら……。
「……アイリス、それほど考え込まずとも、わかるところからで構いません。
一気にあなたに聞きすぎてしまいましたね。失礼しました。すこし砕いて話をしましょう」
アイリスが考え込んでいると、セオドーラは固まってしまったアイリスを気遣うように少し表情をやわらげる。それから、ゆっくりと深呼吸をした。
その仕草で彼女も切羽詰まっているのだと思う。
父と母の話は、今の説が濃厚だろう。
というかそれならば、この国全体の魔獣の出現が増えたり、災害が増えたころも納得がいく、それぞれ皆少しずつ魔法を使って管理していた貴族たちでこの国に実益はあった。
しかしそんな貴族たちの生活が立ち行かなくなっているから被害が出始めた。
そしてそれを皆、教えないのはきっと今の王族に対する、反抗心からだ。
それに、今のこのピリついた革命待ったなしの状況で下手に自分の領地や親がそういう考えだと王族に明かしたら、反逆とすべての罪を着せられてつるし上げられないとも限らない。
協力しようにも、同じ魔法を持っている人たちとは、まったく交流がない。
なんせそれぞれ国の端に位置しているのだからとても難しい。
そして今、クランプトン伯爵家は……間違いなく疑われているだろう。
「っ……申し訳ありません、すこし緊張してしまって」
「いいんですよ。アイリス。わたくしはあなたの事を疑っているのではなく、同じような状況にいるうちの誰かが、この国の不運の原因になっているのではないかと思っているだけですから」
安心させるようにセオドーラは、アイリスをフォローして、緊張をほぐすようにそういった。
しかし不運の原因、それは誰ともいえないし、それを言ってしまえば血が流れるだろう、悪くない人々の血がたくさん流れる。
誰かが不幸になって、きっとアイリスはいわれのない恨みを向けられる。
そんなわけにはいかないが、どうするべきかわからない。しかし現クランプトン伯爵であるナタリアが悪いわけでは決してない。
彼女ぐらいは守らなければ、可哀想だ。
けれども事実として、民衆は革命が起こらなかった以上は、思いのはけ口を探している。今でもそれは変わらない。
「はい。……土着の緑の魔法の事についてでしたよね。その件についてでしたら、すこしは役に立つお話ができると思います」
「! ……本当ですか。ぜひ聞かせてください、アイリス」
アイリスは焦りながらも父や母から聞いた魔法の事、使い方や受け継がれている容姿などについて説明した。
セオドーラはそれをとても真剣な顔で聞いて、いろいろな質問をし理解を深めようとしてくれていた。
その姿勢に、アイリスたちのような魔法を持った人々を見捨てたと父と母は言っていたが、きっとどこかが食い違っただけで、悪い人ではないのだろうと思う。
しかしこの国に起こっている不運との関係性については、アイリスはわからないと言葉を濁すことしかできないのだった。




