33 王妃殿下と王太子殿下 その二
着ているドレスや、つけているアクセサリー類から、まぎれもなく彼女がセオドーラ王妃殿下であるということは察することができるが、やはりそのオーラ……というか威厳は随分と薄れていて、とても疲れているように見える。
すると、セオドーラに注目していたアイリスは気がつかなかったが、彼女の陰から幼い少年がぴょこっと顔を出し、それから彼はアイリスたちの方を見てすぐに瞳をキラキラッと輝かせた。
「レナルド!」
子供っぽいすこし舌足らずな声で少年はレナルドを呼んで、セオドーラの陰から飛び出し、とたとたとこちらにかけてくる。
「ウィリアム、そのように駆け寄ることは優雅ではありません。ウィリアム!」
……ウィリアムというと、つまりはウィリアム王太子殿下という事ですか……。
彼は母の制止など聞かずに、人の合間を縫って、一直線にレナルドに向かってくる。
それから勢いそのままにレナルドの腰のあたりにひしっと抱き着いた。
「っ、今日は来てくれないのかと思っていました。レナルド!」
「ウィリアム、レナルドは今日ダンヴァーズ公爵夫人を紹介にいらしているだけです、あなたのような子供の相手をするために来たのではないですよ」
「レナルド、今日は何をして遊びますか? トランプですか? それともチェス?」
「ウィリアム!」
セオドーラの声は、幼いウィリアムの耳に届いていない様子で、彼は必死になってレナルドに問いかけて手を上に向けていた。
それにレナルドは、すこし困ったような表情をしていたけれど、アイリスに向けるように優しい笑みを向けて小さなウィリアムを優しく抱き上げた。
「……ウィリアム様、セオドーラ様の言う事をよく聞かなければならないといつも言ってるじゃないですか」
ウィリアムに、優しく言い聞かせるようにレナルドは言って、レナルドの言葉にセオドーラの存在を思い出したウィリアムはハッとして母の方を振り返った。
するとセオドーラはとても厳しい顔をしていて、彼女はずんずんと怒り心頭のままにウィリアムのそばまで来てから、とても低い声でウィリアムをしかりつけた。
「ウィリアム。あなたはそんな風に、自分の従者でもない大人にだっこされてもう小さな子供ではないんですから分別をつけてください。
そんなことでは、いつまでたっても幼く幼稚な王子だと思われてしまいますよ。
国の子供たちも今のあなたを見たら、子供っぽいと笑うんですから、それを恥ずかしいと思わないのですか」
「……」
セオドーラは怒っているというよりも、きちんと叱りつけているし、たしかにこのぐらいの貴族の子供は場所に構わず、だっこをせがんだりしないし、わきまえて生活している。
子供っぽいと言われてしまうというのは間違いではない。
……でもウィリアム王太子殿下は、あまり納得がいっていない様子です。
うつくしい金の瞳を潤ませて瞳に涙をため、何かを言い返そうと口を開くしかし何も言うことなく、口を閉じてレナルドの首に腕を回し肩口に顔をうずめて、そっぽを向いた。
「ウィリアム!」
その行動にセオドーラはさらに声を荒らげて怒り出す。
しかしそれにレナルドは、震えるウィリアムの背を撫でながら、セオドーラにも親しみの籠った笑みを向けて優しい声で言った。
「セオドーラ様、大丈夫です。きっとわかってますよ。……以前も俺以外にこんなことはしないと言っていたではないですか。俺は、何も言いませんし、ウィリアム様が不利になるようなことを広めたりしません」
「……そうだとしても、王族は国の頂点に立つもの、それがいち騎士であったあなたにこんな風では示しがつきません。
それに、あなた……公爵夫人に失礼でしょう。あなたはもう騎士では無い。所帯を持ったただの貴族です。優先順位というものがあります」
セオドーラがそう口にすると、レナルドの背後にいたアイリスに、ウィリアムはぱっと視線をあげて何やらじとっとアイリスの事を見つめた。
……睨まれています……これはまさか、レナルド様を私に取られまいと威嚇する視線……。
しかしそんなことをされても、アイリスはウィリアムにただ可愛いという感想しか持てない。
たしかにセオドーラの指摘もありがたいし、そういう風に思う人もいるかもしれないが、好きな男性に子供が懐いているところを見たら微笑ましく可愛らしいと思うのが一般的だ。
それも王族の子、金の瞳に、金の髪、いつだって国で一番の美人を娶る王族の子供は常に妖精のようにかわいいのだ。
そして例外なく、目の前にいるウィリアムも小さく愛らしい。
「それは……たしかに……俺は妻に対する配慮が足りていなかったという事ですか」
「ええ、そうです。レナルド、あなたは優秀な騎士ですが、まだまだ所帯を持った人間としては初心者。間違えることだって多くあるでしょう、いついかなる時も旦那というのは妻を優先して然るべき存在ですから」
セオドーラに説得されて、ものすごく困り果てた様子でレナルドはアイリスを振り返った。
その様子に、何と言うか、アイリスは思っていたよりも、王族の人々というのは人らしい温かみのある人たちなのだなと思う。
常に広い視野を持っていて、目の前の人間にとらわれることなく国の為を想って動いている。そして貴族には侮られないように厳しい対応をする。そんな人物たちだと思っていた。
「ア、アイリス……ごめん。少し待ってね、ウィリアム様に今日は離れているように言い聞かせるから」
「っ、……」
レナルドの言葉を聞いたウィリアムは、さらにきつくレナルドに抱き着いて、頬を膨らませてアイリスをさらに敵対視している様子だった。
しかし、そんなウィリアムに、レナルドは頭をよしよしと撫でてあげてから優しく言った。
「ウィリアム様、それほどきつく抱き着いていなくとも、俺はあなたのそばを離れません、大丈夫。安心してください」
「いいえ、レナルド。あなたは私の元を離れていったじゃないですか、嘘です。嘘なんです!」
「……嘘ではないよ。少なくとも今は」
「今だけだなんて、酷いではありませんか」
「ごめんね……」
その様子を見ていて、アイリスはいろいろと思う所はあったし、何やらただならぬ二人の間の関係を垣間見て、複雑な気持ちにもちろんなった。
もちろんなったのだが、ウィリアムが必死に抱き着いて優しくレナルドに頭を撫でられている様子が、先日のアイリスと重なってしまって慣れた様子でレナルドが頭をなでるのを見ていると、ふと気が付いた。
……もしかして、レナルドがよく頭を撫でてくれるのって……。
ウィリアムの騎士であり、親しくしていたから、なのだろうか。
「レナルド様、私はウィリアム王太子殿下とあなたがとても親しくしていても気にしません。それよりも、セオドーラ王妃殿下はとてもご多忙な様子。私に用事があるとのことでしたので、失礼でなければ二人で話をしても構いませんか?」
アイリスは自分はやっぱりレナルドに子ども扱いされていたのだと、確信をもってしまった。
それに、そう思うと、そう考えるとだ。
どうにもその信愛を向けるのはアイリスだけでは無かったのか、と胸の奥がちょっとだけ痛い。
まさか幼い子供に嫉妬するなどありえないはずなのに、可愛く睨んでくるウィリアムが恨めしい。
しかしそんなことはおくびにも出せるはずもなくアイリスは寛容なふりをして、セオドーラを待たせるわけにはいかないとレナルドに言ったのだった。
「それは……いや、やっぱり俺も、話し合いに参加したいから」
「いえ、レナルド……彼女がそう言うのであれば、手早く用件を済ませてしまいたいと思います。
やはり建国祭の期間だけあってそれなりに予定が詰まっています。
公爵夫人、煩わしい挨拶や礼儀は必要ないそちらに掛けてください、ウィリアムに対する心の広い配慮に感謝します」
「勿体ないお言葉です、セオドーラ王妃殿下……お初にお目にかかります。アイリスと申します。今日はどのようなご用件でしょうか」
アイリスの言葉に、納得してセオドーラは素早くアイリスとともに向かい合ってソファーセットに腰かける。
その間に、アイリスは自分の名前だけを名乗って話し合いが円滑になるように努めた。
レナルドとウィリアムはその様子をすこし驚いた様子で見つめていたが、この隙に少しでも遊ぼうとウィリアムが誘い、レナルドはその猛烈な誘いを断り切れずに、アイリスたちの近くのテーブルでカードゲームを始めたのだった。




