3 誰が支配者か
「ハハッやっと行った、あの女、散々苦労させて……せいぜい嫁入り先で苦労するといい」
アルフィーの声を聞いてナタリアは、彼もよっぽど自分と二人きりになりたかったに違いないと考えて満面の笑みを浮かべて振り返った。
「そうね、お姉さまったら頭が固くていっつも頑固だったから居なくなって清々した! ちょっとでもダンヴァーズ公爵家で苦労を知ったらいいのよ!」
ナタリアにとっての姉という存在は、常に目の上のたんこぶのようなものだった。
友人のようにちょっと高い買い物をしようとすれば、すぐに無駄な買い物はしないでと言ったり、流行りのドレスを仕立てようとすれば、今あるものを使いまわせないかと言ってくる。
お父さまもお母さまもそんな風にナタリアには言わないし、お嫁に行く可哀想なナタリアになんでも買ってくれた。
でもきっとアイリスはそれが気にくわなかったのだ。そして自分が継ぐクランプトン伯爵家のお金をよそへ行くナタリアへと渡したくない傲慢な人だったのだ。
……でも、今は違う、私はあんな守銭奴のお姉さまから生家を守ったのよ!
ナタリアは自信満々にそう思った。
だってあんなに流行に疎くて、友人も少なくては貴族として半人前だ。そんな姉が継いだら、このクランプトン伯爵家は没落してしまう。そんなことになっては父も母も可哀想だ。
ここは、ナタリアの生まれた場所だ。ナタリアにも同じように、この場所の恩恵を受ける権利がある。
それを守り切ったのだ。
「……たしかにあの女は頑固だった。能天気で間抜けなナタリアと違って」
ナタリアが達成感に満たされて笑みを浮かべていると、ふと聞きなれた優しいアルフィーの声がおかしな事を言う。
彼がこんな風に人を悪く言ってるとこなんて聞いたことがない。
意味が分からなくて一瞬固まったけれど、ナタリアはすぐに高いプライドを発揮して、アルフィーをきつく睨みつけた。
「なんですって? アルフィー……あなたいくら婚約者だとしても言っていい事と悪いことがあると思うけど?」
デラック侯爵家出身だといっても彼は次男で爵位を持たない。
一方ナタリアは伯爵の地位を持つのだ。婚約者になったといってもここらで彼にも釘を刺しておかなければならないだろう。
なんせ、ここの場所は姉を追いだしてナタリアの天下になったのだから。
しかし、パシンッと音がして、ナタリアの頬がじんと熱くなった。
「君こそ、もう役目も終わりだ。あの女を追いだした以上は君に利用価値はない、精々魔力を吸い取って、傀儡にするぐらいだろ」
「……え?」
「あーあ。本当なら魔力の多いアイリスを自由にできたら一番良かったんだが、ま、仕方ない。あれは頭が回る。両親と違って目ざとく賢い、この領地を支配するのに不適格だ」
「な、何言って! こ、ここは私の! クランプトン伯━━━━」
ナタリアは必死に彼の豹変ぶりを理解しようとした、しかし、何が起こっているんだかわからない、支配? 傀儡? なんのことだろう。
ここはナタリアの物になったはずだ。
それなのに、周りにいる使用人もナタリアがアルフィーに手をあげられているのを止めようとしない。
また頬をはたかれて、ナタリアは目を見開いたまま静かになった。
「静かにしてくれ。うるさい女だな。顔だけはいいのに頭が悪い。あーでも俺はその馬鹿さ加減が好きだ。そうでなきゃ、お飾りの伯爵にふさわしくないし」
「え……え?」
「せいぜい可愛がってやろう」
そう口にしてアルフィーはナタリアの髪を引っ張って引き倒した。可愛く可憐な箱入り娘であったナタリアは、難なくアルフィーからの暴行を受けた。
結局、苦労を知らずに、のうのうと生きていたのはどちらだったのか、アイリスがいなくなったその日に思い知ったのだった。