29 親友 その三
「……はぁ」
「な、何よ……」
「……ナタリア、あなた、本当に色々と鈍いですわ」
そういいながらシルヴィアはゆったりと歩いていって、バルコニーの入り口である掃き出し窓にそっと手を置いた。
その様子を見つめていると内側のレースカーテンのすぐ後ろに、人がいたらしく、慌てたようにすぐにいなくなってシルヴィアは窓をきっちりと閉めた。
「……何今の……」
ナタリアは自分の侍女たちがあんな風にこそこそ盗み聞きをするだなんて思えなくて、呆然としたままシルヴィアに聞いた。
この屋敷の住人でもないシルヴィアに聞いたところでわかるはずもない事をナタリアは後から思い至ったけれど、シルヴィアは平然と答えた。
「……あなたの配偶者が遣わした情報収集係でしょう、何にせよ、お粗末ですけれど」
「アルフィーが……?」
なんでそんなことをするのか、ナタリアの弱みでも握りたいのか、まったくわからないし、それ以上にそんなことをするだなんて気持ち悪い。
聞きたいことがあるなら直接聞きにくればいいのに、なんでそんな風にナタリアの事を探るような事をするのだろうか。
「……」
それとも、シルヴィアがすぐにピンと来るぐらいには、家族内でそんなことをするのは普通の事なのだろうか。
シルヴィアは王都に住んでいる貴族だ。彼女は爵位を継がないけれど水の魔法を持っていて、とっても将来有望と言われている。
クランプトン伯爵家の緑の魔法なんかと違って、皆に認められている四元素の強い魔法だ。
ナタリアにもそのうちの一つでもあれば、何か変わったのかもしれないが、ナタリアには半人前のくだらない魔法があるだけだ。
シルヴィアをうらやましく思いながらも、それを考え無しに望んだりなんかもうしない。持っていたって、きっとナタリアにはうまく使えないのだから。
「ナタリア、それであなた、わたくしに状況を説明したけれどこれからどうするつもりですの?」
「……」
「愚痴を聞くだけならばいくらでも出来ますわ。でもあなたそれだけで自分で何とかできますの?」
「……そんなのわかんない」
そんな風に聞かれても、ここでナタリアは、結局のところアルフィーと喧嘩をし続けて、どうにか屋敷を運営して借金を返していくしかないのだろう。
お姉さまには血のつながりがある。
だから少しは援助をしてもらうなり、仕事の仕方を教えてもらうなりして助けてもらうつもりではいるが、結局一度継いだ伯爵の地位はもう動かない。
ナタリアはこの土地に根付いて生きていくほかないのだ。
だからこそ、そんな風に聞かれたってシルヴィアの言いたいことなどわからなかった。
決してふてくされているわけではない。
しかし、そう見えたのかそれとも、ナタリアのどうしようもないと思う気持ちを知ってかシルヴィアは、視線をナタリアに向けて厳しい表情で言った。
「いい、ナタリア。わからないでは済まされませんのよ。あなた今、自分がどんな状況にいるのかまったく正しく理解していないわ。
あなたわたくしや友人たちに手紙を出したわね?」
シルヴィアは、俯いていたナタリアの頬を両手で包み込むように持って自分に視線を合わせた。
しかし、唐突な質問にナタリアは首をかしげながらも「うん」と口にする。
すると彼女は、ナタリアに続けていった。
「あなたからの手紙、一切届いていませんわ。アイリスお姉さまからの便りはどうですの?」
「……一通も……ない」
「もとからそんな方ですの? 一応言っておきますけれどダンヴァーズ公爵様はそれなりに良識のある方ですわ。アイリスお姉さまが今のあなたよりも酷い状況にいるということはあり得ませんわ」
「でも、手紙なんて来ていない!」
「ですから、そこから導き出される答えについて考えなさいませ。ナタリア、あなたはたしかに今とても大変な状況でしょうとも。
しかしナタリア、あなたは誰かに助けてもらうのか、ここで一人状況もわからないまま食いつぶされるように生きていくのか、どちらかしかないわけではありませんのよ」
シルヴィアの瞳はとても鋭くナタリアを貫いている。
そんな風に言われたって、わからないのだ。
元々ナタリアは伯爵としてやれるだけの、教育も受けていないし、さっきシルヴィアが言ったようにポカをやらかすばかりの箱入りなのだから。
「……しっかりなさい、たしかにあなたの人生は大きく変わったし、あなたがやったことは糾弾されてしかるべきですわ。
ただ、すべての責任をあなたが背負う必要はありませんのよ。ナタリア、あなたは火の粉を払ってもいい。
いい、わたくしの言う事をよく聞きなさい。あなたは大きな問題に巻き込まれている。
ここまで来ればいずれボロが出ますわ。ただあなたは、自分を守っているだけではだめ、自分からも動かなければ罪に問われる」
「……え? 何のこと? どういう意味?」
「あなたは深く知る必要はありませんわ。どうせ知ったら知ったで厄介ですもの。だから、わたくしの話だけをよく聞いて、うまくやりなさい。死にたくないでしょう?」
「ど、どうしてそんな怖い事言うのよ!」
「事実だからですわ。ナタリアわたくしを信じなさい」
シルヴィアはナタリアの顔をこれでもかとばかりに力をこめてぎゅうと掴んでいて、眉間にぐっと皺が寄っていた。
ナタリアは、冷静沈着で常にお淑やかな彼女が、こんな風に必死になるところなんて一度も見たことがなかった。
そんな風になるほどの事態に今ナタリアはいるらしく、そう思うと少し怖い。
でもそれと同時に彼女はナタリアを導こうとしてくれている。
言い方は怖いし、何が起こっているのかと問い詰めて横暴な態度をとりたくなった。
それをしてもきっとシルヴィアは、いつも通りに毒を吐きながらも助けてくれると思う。
……でも、それでは今までと同じ、甘えているだけ、私も自分にできる精一杯の事をしなきゃ駄目だわ。
何が起こっているのかわからなくたって、彼女がここまでいうという事それだけでナタリアにはこの問題の現実味がとても感じられた。
真剣な顔をしているシルヴィアに、ナタリアはゆっくりと頷いて、彼女に従う事を示した。
そんなナタリアに、すこしは大人になったのかとシルヴィアはなんだか不思議な気持ちになったし、可愛いナタリアが随分とシルヴィア以外にいじめられたことにも腹が立っていた。
しかしそれよりもいち早くこの件に対処をしなければ、という気持ちの方が強い。
ナタリアから手を放して、シルヴィアは森の方へと視線を向ける。
クランプトン伯爵家の擁する森は三分の一程度が、枯れ木と生き物も育たないような黒ずんだ土になっている。
それはクランプトン伯爵屋敷から半円上に広がっていっていて、クランプトン伯爵家の庭園はひどいものだった。
ここに来た時から異様さは感じていたし、ナタリアの魔法を知ってはいたが、まさかここまで影響があるものだとは理解していなかった。
「……ところでナタリア、あなたこんなに森を削るほど魔力を持っていたなんて聞いていませんわ」
こんなに森の森林を減らして、状況によっては国の魔獣出現増加の原因だと言われたっておかしくない。
もちろん本人は、子供のように無意識に魔力を垂れ流し魔法を発動してしまっているだけで、制御のしようがないのだとわかっているが、それにしてもここまでなるとは相当な魔力だろう。
「違うわ! ……別にソレ、私の魔力じゃないの。ただ、緑の魔法は土地に根付いているから、ちょっとの私の魔力がそうなっちゃうのよ! いつもはお父さまかお姉さまが直すの! 他の土地ならこんなことにならないのよ!」
「……ああ、そうね、あなた双子ですものね。これは想像よりずっと面倒な事態になりそうですわ」
「シルヴィア、魔法と何か関係があるの? すごく気になるんだけど!」
先ほどまであまり元気はなさそうだったナタリアだったが、気になることがあるといつも通りに彼女はずけずけと聞いてくる。
先ほど深くは教えないといったばかりなのに、もう忘れているらしい。
そんなところに、少し呆れながらもシルヴィアはあの、アルフィーという男、それからディラック侯爵家を出し抜く方法を考えたのだった。




