21 革命騒動 その二
「ああ、ごめん話がそれたね。それで十年前ぐらいまではコルラード国王陛下の改革の成果もでて国も潤っていたし、貴族たちも皆、国王陛下に感謝していた。
そんな雰囲気が王都中にあったんだけど、それに次第に影が差すようになった」
深刻な面持ちで続きを言う彼に、アイリスも浮ついた気持ちを抑えて彼が地図の中で指を指した場所を見た。
「魔獣の出現数が以前よりも少しずつ多くなったり、海岸沿いの領地の方でも、魔獣のせいで不漁が続いたり、それ以外にも自然災害の数が前年に比べて増えたり」
アイリスは十年前というと、あまりクランプトン伯爵領地以外のことは覚えていないし、昔から大きな森を抱える領地だったので領民や屋敷の防衛は完璧に近い。
だからこそ、その事態を肌で感じるようなことはなかったし、時間がたつにつれどこに行っても魔獣が出るし、いつもどこかの領地で災害が起きたという話を聞くことが多くなった気がする。
しかし、それは言われてみればという程度で、田舎の方では比較的やはり王都の事ははるか遠くの出来事のように映っていて、実際にあまり被害は感じなかった。
「それから十年間、じわじわ増え続けていて、次第に状況が悪くなって、改革で得られた利益をそのまま対策費用に充てる必要があるぐらいになった。
ここから先はかん口令が敷かれている話だから、他言禁止で頼むね」
「はい」
「それでもまだ、国王陛下は諦めずに原因を探して対策を考えていたから持っていたんだけど、改革の際に不利益を被った貴族がコルラード国王陛下に危害を加えた。
けれどそれを公表して、公開処刑するには労力がかかる。その労力を割けば常日頃から起きている魔獣被害に対応が遅れる。
だから優先事項を考えて、危害を加えた貴族については内々に処刑して、
国王陛下は受けた傷の為に療養する必要があった。
だからこそ表舞台から一度姿を隠し、セオドーア王妃殿下が仕事を引継ぎ、対策をする羽目になったんだ。
けど国王陛下が姿を現さない事で、今までの災害や魔獣の被害で、やりどころのない怒りを持っていた貴族たちは、ベックフォード公爵家を中心に主張を始めた。
王族は女神さまに見放された一族であり、国王は王座を退くべきだという主張がまことしやかに広まって、革命の火の手は王族の喉元に差し掛かっていた」
「それを阻止したのがレナルド様なんですか?」
「……」
いろいろと革命が起きるまでの、雰囲気や、魔獣の増加のような仕方のない出来事が重なってそうなってしまったのだという理不尽さは、十分に理解できた。
誰だって、被害を受けたら誰かのせいにしたくなるし、実際にそれがどういうことになって災害や魔獣が増えているかはわからない。
けれど、そういうものとして受け入れるには、王族の犠牲が必要だと思う人間が多かったという事だろう。
そしてだからこそ、理不尽であるからこそ、彼が止めようとしたという理由もなんとなく納得できた。
しかしレナルドは、そのことを誇るでも自慢するでもなく、アイリスのことをじっと見つめながら言葉を選んでいった。
「そうといえばそうだけど、それが出来る位置にたまたまいただけで、俺は英雄というわけではもちろんない。それは父と母の言動を思い出してくれればわかると思うな」
たしかに彼らは、レナルドに対して否定的だった。
アイリスからすれば女神さまに見捨てられたから魔獣が増えるかどうかというのは定かではないし、それを信じて、王族を手にかけて国王をすげ変えようというのは暴論だ。
しかし、それを信じて心の支えにしている人もいる。今の王家は女神さまに見放されているからこのまま国は悪い方へと向かっていく。
そうならないためにも革命は起こるべき、と考えているのがロザリンドとマイルズなのだろう。
だから、共に心中する気はないと言っていたのだろうか。
「俺は今まで仕えてきた王家を排除したところで、何が変わるとも思えないし、今まで統治してきたのは王族だ。
それこそ革命が起こって、今までの統治を肌で覚えている人間がいなくなれば原因の究明も改善もできなくなる。
だからこそ、守ったっていうのが今回の革命に対しての俺のスタンスと主張なんだけど、案外、王家に仕えていた中でも革命派と王族派が分かれているんだ」
「……なるほど、その派閥がロザリンド様やマイルズ様とレナルド様は別れてしまったんですね。だから家族でも酷く距離がある」
「その通り、でもしばらくは、何かが起こる可能性は低いから安心してほしい。
革命派といっても信心深い人たちばかりだから、自分が手を汚して王になろうって思っている人がたくさんいるわけじゃない。
皆ただ、今までのように平和に暮らせたらいいと思っている人たちばかりなんだ」
レナルドは最後にそう締めくくって、それからアイリスにさらに細かくいろいろな話をしてくれた。
しかし、レナルドはアイリスにかん口令が敷かれていることもべて話してくれるけれども、革命を阻止した時の方法や、当時彼が誰に仕えていて、どんなことをしたのかという話はやんわりと話を逸らされるのだった。
単に自分の武勇伝を語るのが嫌なのか、それとも、何か今言った以上の事情があるのか。
それはよくわからなかった。




