11 答え合わせ
「それで、アイリス。情けない話なんだけど、どうしてボルジャー侯爵は尻尾を巻いて逃げ帰ったのか聞いてもいい?」
二人は気分転換に二階のバルコニーに出て、帰っていく馬車を眺めていた。
ちなみに反対側を見ると遠くに王宮を見ることもできる好立地でとても眺めがいい。
心地いい風が吹き抜けていて、アイリスは風に巻き上げられて靡いた自分の赤毛を押さえてから、レナルドの言葉に応えた。
「……えっと私はただゆすってみただけ、全部を理解できているとは思っていません」
「そうなんだ? 全然そんな風には見えなかったよ、アイリスは凄いね」
屈託の無い笑みを浮かべてレナルドはアイリスをほめた。
それに彼は、アイリスの意図を知らなかったのにあの時、アイリスが採掘場を見に行きたいと言ったことを咎めなかった。
ましてや、ついてこようとまでしてくれた、それほどアイリスを信頼してくれていると思うとそのことはとても嬉しかった。
それにそうして子ども扱いしたり、女子供だからと馬鹿にしない所がとても好感が持てる。
午後の優しい陽光に照らされて、彼の笑みがキラキラ輝いて見える。
別にそんなに華やかな人ではないのに、見ていると眩しい気がしてふと目を逸らして、説明する前に聞くべきことを聞いた。
「そんなことありません。ただ想定が当たっていそうだったから調子に乗ってしまった。……あの、説明する前にレナルド様はこの投資をどういう風に考えていたかお聞きしてもいいですか?」
彼がどういうつもりでいて何を考えていたのか、それを知らない事には、話をしづらい、だから前提条件を知りたくて聞いた。
すると、彼はすこし真剣な顔をして、腰につけている剣に手を乗せてもう片方の手で口元に手をやって考えた。
彼はいつも腰にそうして大剣をつけているけれど、抜いているところをアイリスは見たことがなかった。
「そうだね。俺としては普通に国外から加工された魔石を仕入れればいいと思ったし、そもそもお金に困ってないから増やそうと思わない。
だから、おおざっぱかもしれないけど、領地としてお隣さんになる彼が満足するのなら一回ぐらい、投資しておけばいいかと、思ってね」
「……そうですね。たしかに、そうして恩を売っておくのも、目に見えない関係性に対すると投資ともいえます」
「うん。……アイリスに話をしたのは丁度タイミングが合ったし、他にもありそうだと思ったからに他ならない。
だから契約に必要以上の支払いや、違法性のある行為をしていないかだけ確認して、後は契約っていう流れを君に見てもらって、今後対応して貰えたら助かるなと思たんだ」
その言葉におおむね、レナルドの考えもアイリスの想定内の範疇だということが分かった。
そしてボルジャー侯爵が言っていたように、たかが金貨数百枚の取引だ。そんなものをいちいち精査していたら公爵家の仕事は終わらないだろう。
「でも、払わなくていいならその方がいいよね。お金って無限にあるわけではないし、あんな簡単に面倒くさい投資の話を切り上げられるなら、なお良い。
今回はとても助かったよ。アイリス」
言いながらレナルドはアイリスの頭をぽんぽんと撫でて、その優しい瞳をアイリスは見上げた。
名前を呼ばれること、褒められることはとてもうれしくて、赤くなりながらもアイリスは彼の考えを知ったうえで、軽く自分の調べたことと考えたことを説明した。
「お役に立てて、嬉しいです。……レナルド様。じゃあ最後に説明を。
これは、この屋敷に残っていた昔の本の情報で、先ほど言った通りこの辺りで採れる魔石は総じて水の属性を持っています。
そして、資源豊富なこの土地ですが、魔石を生み出すことは多くないそうです。
それが隣の領地で急に変わる訳もなく、多分、採掘場はあるのですが、機能しているとは考えづらいです」
「そうなんだ?」
「はい。でも、彼が言っていた通り、周りの貴族も採掘場に投資をして、お金を払い魔石を掘ってもらって加工された魔石を販売して利益を出している。
それがなぜかというと、この国は魔石の輸入に高い税金をかけているからだと思います。
なので仕入れるときには多くの審査と税金が必要です。それは粗悪品が混じって国産のよい魔石が暴落しないようにということらしいです。
でも、魔石の加工ができるだけあって隣国には税金を取られずに輸出したい人がたくさんいます。
そして加工のための一時的な輸出、輸入の税金は、ただの外国産を輸入するときよりも低い。
つまり、ボルジャー侯爵家が魔石を採掘して加工しているのではなくおそらく、採掘したことにして、あちらの魔石を密輸入している。
加工の依頼料が為替によって、変動するから投資だとおっしゃっていましたが、そうではなく、単純に投資話は密輸入の隠れ蓑であると私は思います。
その方がきっと儲かりますから」
こちらから見て儲かるかそうではないか、ではなく彼らにどんな得があってそれをやっているのかという事を考えて、アイリスはこの案を思いついた。
魔石関連の話はとてもお金になるらしいという話は、クランプトン伯爵領の森からも採れるので知っていたが、海を隔てたやり取りでこんなことができるとは実に面白い世界である。
「……犯罪だね」
「はい。なので信頼を買うという意味ではたしかにそのとおりですが少しだけ、リスクがあるかなって」
「アイリスがいてくれてよかった……」
レナルドは気が抜けた様子でそう言って、バルコニーの柵に寄りかかった。
けれどもアイリスは別にそれほど彼を助けられたとは思っていない。
だって実際のところただ投資していただけで、それほどの罪に問われるとは思わないし、目をつけられない程度の量でしかやらないから長期的にその方法がとれているのだ。
今回レナルドが投資に乗ったとしても、何もなかった可能性が高い。
そんな些末なリスクを回避することができるぐらいがアイリスの精々だ。
「そんなことありません。私はただ、人よりすこし臆病者なだけなんです。
自分で背負いきれないほどの負債を負ったりしないようにしたいと常日頃から思っている卑屈な人間なんです」
だから褒めてもらえて、実際に犯罪に加担せずに済んだのだとしてもアイリスの原体験である父と母の事、それから自分の事は変わらない。
どうせ何もできやしないのだと思ってしまう心は、卑屈な言葉として現れた。
考え方によっては、ボルジャー侯爵家が繋がっている他の貴族たちに注意喚起をして、賢い奥方がいるから騙せないという話が出回ったりするし。
犯罪を告発されないようにボルジャー侯爵が媚びてくる可能性があったりと、功績はそれなりにあるはずだがアイリス自身は、あまり自分を評価できない。
そんな様子のアイリスに、レナルドは、少し考えてから問いかけた。
「そんな風に言うのは、君の実家が大きな借金をしていることと関係があるのかな」
卑屈なことを言ったアイリスに、レナルドは彼女をお金を払う事だけで娶ることができた理由となった借金の事について触れてみた。
実は、レナルドはそのことについてはあまり深く聞かない方がいいだろうと思っていた。
なんせお金で買われたなんてことをこれからずっと気にしていくよりも、別の事を考えて、楽しい日々を送った方がいいに決まっているからだ。
だからあえて言わなかった。
しかし、彼女がお金の力に抗えず、自分の経験に基づいてきちんと対策をして功績をあげたのに、それを素直に受け入れられないのは不憫だと思う。
「……それは、間違ってはいません。結局私は、借金を背負った実家をどうにかすることができませんでしたし、私が口出しをしたせいで、父と母は不利益を被ったのかもしれません」
「……」
「鳥かごの中の鳥がどんなに文句を言ったところで檻から出られないように、私はただ、支配者の機嫌を損ねただけだった。後はもう、あの場所でただ死んでいくだけだと思っていた」
アイリスはきっとただ何も苦言を言わずに、カナリアのようにピヨピヨと綺麗に鳴いていたら、父も母も生かさず殺さず搾り取られるだけで済んだのだ。
そうならなかったのはアイリスのせいだ。
それだけは間違いない。




