3話 絶望の底
ああ、なんてことだ、本当になんてことだ。
あんなにも軽快に進んでいた足取りが一歩また一歩と踏み出すにつれて重くなっていくのを感じる。
「嘘だ、ああそうだここはまだ夢の中…」
「よーっす凪!はよー」
「いっっ!?……痛いよぉ痛いぃ…」
「え。わ、悪ぃ。そんな痛かった?」
挨拶とセットで肩を叩いてきたクラスメイトを少し睨みながら俺は自身の肩を抱くようにして叩かれてきたところを撫でる。
痛いじゃないか…痛かったら夢じゃないって証明されるだろうこん畜生。
相手は罰が悪そうに悪ぃ悪ぃと手を合わせて謝ってくるので、俺はクラスメイトへ軽いタイキックをかます。
許すけど、裁きは受けろバーカ。
一応言っておくが、これは決して八つ当たりなんかではない。
そう、決して逆ハーエンドを目指してウッキウキワックワクで登校したのにBLゲームの世界だったからって残念に思ってねーし!!!!!
そうだ。ここがBLの世界だったとして、決して女子にモテないということではない。
BLフラグを全力回避しつつ、可愛い彼女とイチャイチャラブラブ青春メモリー♡を作ることだって可能!!
俺は全身を闘気で満ち溢れながら自身のクラスへ足を伸ばした。
「え、おいちょっ、話聞いてる!?」
ごめんなさい。忘れてました。
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俺はずっと2-Aの後ろ扉の前で悶々と思考を巡らしていた。
さて、こっからは俺自身でBLフラグを回避していかなければならない。
女子から人気が上がり、男子からは好感度が変わらない入場の仕方……うーん。
…まあぶっちゃけ俺、スペックいいからなんとでもなるか。
別に、自意識過剰ナルシストになったわけじゃない。
一応このゲームの主人公なので顔はドチャクソ良いし、1年生の頃からリーダー的な役割をこなしていたという話だ。
逆に、あの神作画で不細工に描けるわけがないのである。
俺、攻略対象の顔は大好物よ。けど、それは”推し”であって”恋愛対象”にはならない。
だからこそ、余計に悩むのだ。嫌われたくは、ない。
「突っ立ってねーで先はいれ……よっ!」
クラスメイトはガラッと扉を開けると、お返しかというように足で尻を蹴られよろめきながら教室へ入った。
仕返しの仕返しって、どういうことだよ!!
俺はクラスメイトを睨むと、満面の笑みでピースをしていた。
その笑みは陽キャ様感漂う笑みで、俺はたちまち目を細める。
ごめん、名前思い出せなくて。お前、いいやつだよ。クラスメイトよ。
大きい音を立てて入ったせいか、謎に注目が俺に集まる。
ここで出番だ!必殺!『イケメンスマイル』!!
「おはよう。ごめんな、騒がしくしちゃって」
どうだ、と心の中で唱えると女子からのキャーキャーという黄色い声援や男子からの愛のある冷やかしが教室に響いた。
イケメンってすごい…!!俺みたいなモブ以下社畜リーマンがやったらこの黄色い声援がドス黒い罵倒に代わっていただろう。ありがとう神絵師、ありがとう運営。
声援に手を振りながら黒板の方へ近づき座席表を確認する。
主人公席の右隣か……
俺は主人公席の方を見つめる。
そこには、一人。ポツンと孤立し頬杖をつきながら空を眺める、高身長美少年が鎮座いた。
はー、イケメンだ。横顔でイケメンだなんて正面はさぞイケメンなのだろう。
金糸のように繊細な金髪のハーフアップに桜のようなピンク色の瞳。髪から覗き見える黒のピアスが、良いアクセントとなっている。
俺も十分顔がいいとは思っているが、やはりというべきか、攻略対象には勝てる気がしない。
桐崎倭櫻。攻略対象キャラの一人だ。
……そして、こいつだけしか俺は攻略対象キャラを知らない。
お願い、もう前世の記憶に飽きたなんて思わないから!前世の記憶をもう少しだけくれ!!
俺は制服の袖をぎゅっと力強く掴んで、彼の席の隣に座る。
ドキドキと気持ちを高鳴らせながら机の木目を数えた。
ーーー数分後。
……なんか、すんごい見られてるんですけど!!
圧が凄すぎて左が見れないよ……流石にイケメンに見られちゃうと俺死んじゃう……『騒がれてたくせにそんなもんか(笑)』とか思ってますよね!?すみませんねレベルの低いイケメンで!!
俺は誤魔化すようにバックからイヤホンを取り出して、好きな声優のシチュボを流す。
最高です。ありがとう推し……
「……。」