敵襲に気付かないのが平和ボケ
魔王城の玄関マットで足底の汚れを払い落し、土足で上がる。もともと全身金属製鎧だからブーツだけ脱ぐのは無理。これは足なのだ。
「あれ、デュラハン、イメチェンしたの」
「……」
なんだこの青色の喋る物体は。さらには馴れ馴れしいぞ。見た目は魔物に見えるのかもしれないが、私は敵なのだぞ。
――敵襲なのだぞ。
――貴様らの主、魔王の命が危ないのだぞ。
「魔王はどこだ」
「どこだって、魔王様はいつもどおり四階にいるよ」
四階か……。階段か……。正直に応えてくれて嬉しいぞ。
「命拾いしたな」
「え」
無駄な殺生は好まないのだ。騎士として。
「ちょっと待てよ、お前は何者だ」
ちょうど階段の手摺を持って二階に上がろうとしたとき、後ろから声を掛けられた。振り向くと、大きな怪人と小汚いローブをまとった怪しい男が立っている。
「おまえ、デュラハン……じゃないな。色が違う」
「首から上が無い全身金属製鎧だけれどな」
魔王城にもデュラハン族がいるというのか。だったら少々厄介なのだが想定内といば想定内だ。
「魔王に用がある。他の者の相手をしている暇はない。命が惜しければ素直に魔王のところへ案内しろ」
「だったら、不審者だな」
「不審者とは違う」
なんか不審者って聞こえが悪いぞ。小学校に勝手に入ってくる人みたいに聞こえるぞ。さすがにお客様だぞとは……言い難いが。
「魔王は今どこにいる」
「言える訳がないだろ」
「ならば……まずはお前らから斬る」
白金の剣をゆっくり鞘から抜いて構えようとしたそのとき――、
「魔王様はトイレです」
「ああ、四階のトイレだ。ついさっき入っていったのを見たのだから間違いないです」
……こいつら、正気か。敵と知っていて魔王の居場所を教えるとは……。
まあいい。白金の剣を汚い血で汚さずにすんだ。
「賢明だ。トイレはどこだ」
「そんなの、スライムに案内してもらえよ」
案内までしてくれるのか。ひょっとするとお客様扱いしてもらえるのか。
「こっちだよ」
「……」
お客様でもなさそうだ。妙に馴れ馴れしい。
青い喋る物体が器用に階段を滑り上がっていく。
「いや、あれはヤバいだろう」
「やばい。俺たちの手に負えないな」
階段の下から二人の声が聞こえる。そうとも、私は神様に仕える最強の騎士なのだ。戦わずしてそれに気が付くとは、少しは骨の立つ者がいるみたいだ。
「魔法が効かいアンデットって、無敵じゃん」
「アンデットではない! 何度も言わせるな」
振り向いて指摘する。
「すんません」
「……」
すんませんって……心底謝ってないのが見え見えだぞ。
「ここだよ、じゃあね」
青いブニブニした物体はそう言うと階段を下りていった。案内されたのはいいが……。
「クソッ、男子トイレには……入れない」
腕を組んで男子トイレの前に仁王立ちして待つことにした。カッコ悪いぞ。だが、入るのはもっとカッコ悪い。美学に反する。――はよ出てこい、魔王よ。出待ちみたいで恥ずかしいではないか。
ジャーと手を洗う音がしたかと思うと、紫色のローブをまとった魔王が目の前に現れた。
――いったいどういうことだ――! 口にハンカチをくわえているが、ローブで濡れた手を拭いているではないか。なんという威圧感――。
「およ、デュラハン? ……じゃないではないか」
「魔王よ、貴様に話がある。……はやく出てこい」
私を男子トイレに入らせようとするでない。
「話って、なに。もしかして、魔王軍に入隊を希望するのなら、願書と3×8センチの写真を貼り付けて提出が必要ぞよ」
「敵を勧誘しようとするな!」
3×8センチの写真って、なんだ。すっごい横長か縦長じゃないか!
どうでもいいが、トイレするときはトイレ用スリッパにちゃんと履き替えろと言いたい。ローブの丈が長いのも気になる。トイレの中をズルズル引きずっているではないか。
「裾上げしろと言いたくなる」
「話って、裾上げのことか。だったら断る。予は魔王ぞよ。ミニスカートのようなローブを着ても決して誰も喜ばぬぞよ」
それは上げ過ぎ。裾上げのレベルを超えている。
「誰もそこまで裾上げしろとは言ってない。つまらぬことを言ってないでさっさとこっちに出てこい」
魔王はなかなか結界の中から出てこない。男子トイレという……入れない結界。一説では細かい粒子がたくさん飛び散っているらしい。汚らわしい。
いや、その気になれば入れる。入れるのだが……入りたくない。そんな気にはなれない。つまり、入れない――結界。
「いつまでそこにいるというのだ」
「それはこっちのセリフだ」
どっちのセリフだ。どっちでもいい。
「話がしたいのであれば、こんなところではなく玉座に間に来るがいい。無事に辿り着けるのであればな」
「決して逃がしはしない」
「瞬間移動――」
瞬間移動で逃げるなと言いたい。探すのが大変じゃないか……。
「きさま、魔王のくせに逃げるのか!」
男子トイレに自分の声だけが響き渡るのが恥ずかしい……。
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